「お父さん、ちょっと聞きたいんだけど」
夜の10時過ぎ。リビングのテーブルでノートを広げ、「三途の川の船賃値上げ?」「閻魔様は声が大きい人に弱い説」「死亡=この世の役割終了でおめでとう!」と、独特すぎるメモを真剣な顔で書き連ねていた私に、ミクが温かいほうじ茶を差し出しながら声をけてきた。
「さっきから、死ぬのはゴールだからおめでとうなのだ!とか、三途の川の豆知識!って、一人で何の終活セミナーを開いているの?」
「ふふふ、妻よ。よくぞ聞いてくれた」
私はほうじ茶を一口すすり、人生の終わりを見届ける哲学者かのような眼差しで語り始めた。
「人がなぜ死ぬのかという究極の問いについて思索していたのだよ! 単に細胞が劣化するから、なんて味気ない説明では誰も納得できない! 人が命を終えるのは、この世での役割をすべて果たし切ったからなのだよ! つまりゴールテープを切った名誉ある卒業であり、本来は、よくやった、おめでとう!と称えるべき尊い瞬間なのだよ!」
私が熱っぽく「役割終了=ゴールイン説」と「三途の川の豆知識」を語り尽くすと、妻はほうじ茶をすすりながら、じとーっとした目を向けた。
「へぇ。この世での役割を果たし切ってゴールインねぇ」
「うむ! 死とは不安がるものではなく、やりきった達成感の証なのだよ!」
「じゃあ、お父さん。先月、健康診断の再検査通知が家に届いたとき、俺の人生もここまでか、役割が終わってしまうって、青ざめた顔でブルブル震えて、自分で病院に予約の電話も入れられずに私に押し付けていたのは誰かしら?」
「えっ?」
妻はニコニコしながら、再検査の受診結果用紙を指さした。
「ゴールインしておめでとう!なんて高尚なことを語る前に、結果を見るのが怖くて、妻よ、代わりに開封してくれ!って泣きついていたじゃない。自分の番になると途端に狼狽えるのはどうしてなのかしら?」
「ぐっ! な、なぜそれを! あれは、残された家族への愛ゆえの動揺であって、決して私が死を恐れてビビっていたわけでは!」
痛いところを突かれ、私は冷や汗を流した。
「閻魔様が怖がりかどうか心配する前に、まずは自分の打たれ弱さをどうにかしなささいな。健康診断で再検査が出たら、逃げずに自分でサッサと病院に行くのが、今のあなたの、この世の役割よ」
妻の容赦ないツッコミに、私は完全に降参した。
「御意。ただちに弱気な心を悔い改め、自分の健康管理は自分で責任を持つという役割をしっかり果たしてまいります」
生死の深遠な意味に思いを馳せつつも、己の情けないビビりっぷりをあっさり暴露されて苦笑いする私。
妻の愛あるツッコミに感謝しながら、私はノートを閉じ、我が家の平和と健康な日常を守るべく、静かにほうじ茶を飲み干すのだった。




コメント