広島駅前徒歩8分ではなく、
この物語はまだサンタ第2工房にたどり着く前の話。
タダシさんは、医療機器代理店の営業マンとして、
人生初の病院営業デビューの日を迎えていた。
胸ポケットには新品の名刺。
カバンには上司から渡された分厚い製品資料。
そして心の中には
期待よりも圧倒的に大きい不安。
(今日から俺は営業マン
営業マンって、もっとこう
華やかで、爽やかで、キラッとしてるんじゃないのか?)
そんな妄想を抱えたまま、
タダシさんは病院の受付に向かった。
医局のドア前で震える男
受付の女性はにこやかだった。
「ご担当の医局はこちらです」
その笑顔に少し救われながら、
タダシさんは医局の前に立った。
ドアの向こうからは、
医師たちの怒涛の会話が聞こえてくる。
「○○さんの検査結果は?」
「手術室、空いてる?」
「この症例、どうする?」
(え?ここに入るの?
俺、今日からここに入るの?)
ノックする手が震えた。
深呼吸。
深呼吸。
深呼吸。
「失礼します。本日より担当になりました」
言い終わる前に、
医師たちの視線が一斉に向いた。
その視線は、
歓迎でも興味でもない。
「また、営業か」
という、慣れきった無関心だった。
「今、忙しいから。資料だけ置いといて」
カルテから目を離さずに言われた。
(あれ?俺、今、壁に話しかけられた?)
名刺を置く場所もわからず、
机の端にそっと置いた。
誰も見ない。
誰も聞かない。
誰も反応しない。
(俺、今ここにいる意味ある?)
次の病院でも同じだった
名刺を受け取ってもらえない。
話を聞いてもらえない。
そもそも目を合わせてもらえない。
(俺、営業マンっていうより
名刺置き係じゃない?)
夕方、車に戻ったとき、
タダシさんはハンドルに額をつけて動けなくなった。
「俺向いてないんじゃないか?」
初日からそんな言葉が頭をよぎった。
コンビニの缶コーヒーで悟る男
帰り道。
コンビニで買った缶コーヒーを飲みながら、
タダシさんは空を見上げた。
夏の終わりの空はやけに高くて、やけに遠かった。
(このままじゃダメだ。
何か変えないと)
その瞬間、
胸の奥に小さな火が灯った。
弱々しい火だけれど、確かにそこにあった。
この日、タダシさんはまだ知らない
営業とは、
安心感を売る仕事であること。
営業マンの「顔を売る」とは、
信頼を得ることであること。
「儲ける」という漢字は、
信者をつくるという意味があること。
そして
商売の基本は
1円でも安く仕入れて、1円でも高く売ること。
この日、タダシさんはまだ知らない。
今日の心が折れた瞬間が、
後に大きな転機になることを。
そして、
ある出会い(ミクさん)が
彼の人生を静かに変えていくことを。
物語は、ここから始まる。

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