医療機器代理店・営業部。
その日の朝、タダシさんは昨日の名刺を受け取ってもらえない事件のショックを引きずりながら出社した。
自席に座ると、背後から声がした。
「おい、タダシ。昨日どうだった?」
振り返ると、営業部の鬼
いや、伝説の営業マン・課長のサトウが立っていた。
タダシさんは、正直に答えた。
「名刺置いてきました」
「置いてきた? 置いてきたって何だ?」
「机の端にそっと」
サトウ課長は、目を閉じて深くうなずいた。
「よし、タダシ。今日からお前に営業の本質を叩き込む」
(え?そんな大げさな!)
サトウ課長の営業講座①
「営業は安心感を売る仕事だ」
課長はホワイトボードに大きく書いた。
安心感=商品より大事
「医者は忙しい。
お前の話を聞く余裕なんてない。
だからまず安心感を渡すんだ」
「安心感ですか?」
「そうだ。
お前が来ると安心する。
お前が担当なら間違いない。
そう思ってもらえたら、商品は勝手に売れる」
(商品より俺?)
タダシさんは、軽く混乱した。

サトウ課長の営業講座②
「営業マンの顔を売るとは、信頼を得ることだ」
課長はさらに書いた。
顔を売る=信頼を得る
「営業マンの顔を売るって言葉があるだろ?」
「はい、聞いたことあります」
「顔を覚えてもらうことじゃない。
信頼を覚えてもらうことだ」
「信頼」
「医者は忙しい。
お前の顔なんて覚えてる暇はない。
でもあいつなら大丈夫と思わせることはできる」
(顔じゃなくて?中身?)
タダシさんは、昨日の医局の冷たい視線を思い出した。
(あれ信頼ゼロだったな)
サトウ課長の営業講座③
「儲けるとは信者をつくることだ」
課長は、漢字の「儲」をホワイトボードに書いた。
儲=信+者
「儲けるって漢字は信者をつくるって意味だ」
「し、信者ですか?」
「そうだ。
お前を信じる人が増えれば、自然と儲かる。
営業は宗教じゃないが、信頼は宗教並みに強い」
(宗教?営業って、そんなスケールの話だったの?)
タダシさんは、さらに混乱した。
サトウ課長の営業講座④
「商売の基本は1円でも安く仕入れて、1円でも高く売る」
課長は最後にこう書いた。
安く仕入れる/高く売る=商売の基本
「これはシンプルだ。
でも、これを成立させるには信頼が必要なんだ」
「信頼」
「そう」
- 信頼があれば、値段の話がしやすい。
- 信頼があれば、多少高くても買ってくれる。
- 信頼があれば、多少のミスも許される
「そういうことだ」
(信頼って万能薬?)
タダシさんは、営業の世界が急に巨大に見えてきた。
講義終了後、課長はぽつりと言った
「タダシ。
昨日の名刺置き係は、誰もが通る道だ」
「そう、なんですか?」
「そうだ。
営業マンは最初、誰にも見てもらえない。
誰にも聞いてもらえない。
誰にも覚えてもらえない」
タダシさんは、胸がズキッとした。
「でもな、安心感を渡せるようになったら、
お前は名刺置き係から信頼される営業マンになる」
課長は、タダシさんの肩を軽く叩いた。
「営業の決定権は、お前にあるんだよ」
(決定権俺に?)
その言葉は、
後にタダシさんがミクさんと出会い、
「決定権は私」という価値観にたどり着く
大きな伏線となるのだった。


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