医療機器代理店の営業マンとしての初日を終え、
名刺置き係として心を砕かれたタダシさん。
翌日。
彼は、サトウ課長の営業の本質講座を胸に刻みながら、
再び病院へ向かった。
(安心感を売る
顔を売るとは信頼を得ること
儲けるとは信者をつくること
よし、今日は昨日よりマシな営業をするぞ)
気合だけは十分だった。
医局の前で深呼吸する
昨日と同じ医局の前に立つ。
(昨日は、名刺置き係だったけど
今日はせめて名刺渡し係くらいにはなりたい)
深呼吸。
深呼吸。
深呼吸。
「失礼します。本日も伺いました」
医局のドアを開けた。
医師たちは昨日と同じく忙しそうだった。
「資料だけ置いといて」
昨日と同じセリフが飛んできた。
(デジャヴ?)
タダシさんは、昨日と同じ机の端に名刺を置いた。
(また名刺置き係?)
そのときだった。
奇跡の瞬間、訪れる
「あれ?
昨日も来てた営業の人?」
医局の奥から、ひとりの医師が顔を上げた。
タダシさんは固まった。
(え?俺?
俺のこと?
俺の存在、覚えられてる?)
医師はカルテを閉じて、こちらを見た。
「君、名前なんだっけ?」
タダシさんは、心臓が跳ねた。
「た、タダシです!」
「タダシくんか。
昨日の資料、ちゃんと読んだよ。
あれ、わかりやすかった」
タダシさんは、思わず名刺を落としそうになった。
(えええ?俺、名前呼ばれた?
俺、存在してる?
昨日の俺、無駄じゃなかった?)
医師は続けた。
「今日も何か持ってきた?」
「は、はい!こちらです!」
タダシさんは、震える手で資料を差し出した。
医師は受け取って、軽くうなずいた。
「ありがとう、タダシくん」
その瞬間、
タダシさんの胸に、
昨日の小さな火が、
ぽっと大きくなった。
医局を出た瞬間、タダシさんは叫びたかった
廊下に出たタダシさんは、
思わず拳を握った。
(名前呼ばれた!
俺、名刺置き係から
名刺渡し係に昇格した!
いや、もしかして
タダシくんって呼ばれたから
営業マンとして認識された!?)
嬉しさが爆発しそうだった。
その日の帰り道、タダシは悟る
コンビニの缶コーヒーを飲みながら、
昨日より少し明るい空を見上げた。
(営業って
商品を売る前に、
まず自分を知ってもらうことなんだな)
昨日のサトウ課長の言葉がよみがえる。
- 安心感を売る
- 顔を売る=信頼を得る
- 儲ける=信者をつくる
(今日、俺、
ちょっとだけ、信頼に近づいたのかもしれない)
タダシさんは、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
この日、タダシさんはまだ知らない
この名前を呼ばれた瞬間が、
営業マンとしての自信の芽になることを。
そして、
後にミクさんと出会い、
「決定権は私」という価値観へつながっていく
大きな伏線になることを。
物語は、まだまだ続く。


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