広島駅前徒歩8分。午後のサンタ第2工房では、タダシさんが仕上げ用の紙やすりを片付け、ミクさんは新作の木製パーツを検品していた。ふと、タダシさんが言った。
大きな仕事

「ミクさん、こうして毎日いろんな仕事がありますけど過去にはもっと、大変な案件もあったんじゃないですか?」
ミクさんは、手を止めて少し笑った。
「まあ、そうね。商売って、静かだと思ったら急に波が来るでしょう?そういうの、何度かあったわよ」
タダシさんは椅子を引き寄せた。
📅卓上カレンダー枠の大量注文
「昔ね、万年筆工房と大手文房具メーカーがコラボするって話があって。そこから、高級木材を使った卓上カレンダー枠の大量注文が来たことがあったの」
ミクさんは、当時の図面を思い出すように目を細めた。
「田中さんと吉田さんに伝えたら、田中さんが『へっ、板削るだけなら造作もねえ』って言ってね。
吉田さんはいつものようにニコニコしてたんだけど」
タダシさんはうなずいた。
「その規模だと、かなり大変ですよね」
🤒吉田さん、まさかのインフルエンザ
「作業を始めて数日後よ。吉田さんがインフルエンザで倒れちゃって」
ミクさんは、少し肩をすくめた。
「電話越しに、体が動かなくてって言われてね。ゆっくり休んでって、返したけど正直、電話を切ったあと手が震えたわ」
納期まで一ヶ月。吉田さんの穴は大きかった。
「田中さんに、一人でいける?って聞いたら、俺の手が四本あればなって言われたの」
タダシさんは苦笑した。
「田中さんらしいですね」
🚚外部の力を借りるしかなかった
「さすがにどうにもならなくて、配送業者の佐山さんにお願いしたの。忙しいのはわかってるけど、吉田さんが戻るまで助けて、って」
ミクさんは、当時の空気を思い出すように言った。
「佐山さん、配達の仕事があるのに夜遅くまで来てくれてね。それから万年筆工房にも頭を下げて、納期の微調整をお願いして回ったわ」
タダシさんは静かに聞いていた。
💼表では冷静、裏では心臓バクバク
「現場では、大丈夫ですよ、なんとかなりますって、言ってたけど、夜、一人で経理作業してるときは心臓がバクバクだったわ」
ミクさんは、少し照れたように笑った。
「ハーブティーと甘いチョコレートで無理やり落ち着かせてね。翌朝にはまた普通の顔して工房に立ってた」
📦そして、納品日
「納品日はね、田中さんの面取りが完璧で、佐山さんが迅速に仕上げてくれて。吉田さんも復帰して、フラフラしながら最後の一磨きを手伝ってくれたの」
ミクさんは、空っぽになった作業台を見つめるように言った。
「宅急便屋さんに持ち込んだとき、田中さんが『顔ひきつってるぞ』って言ってきてね。そりゃあ怖かったわよ。でも、みんなの腕は信じてたって、返したの」
タダシさんは、少し笑った。
「ミクさんらしいですね」
🌊商売はやめられない
「納品が終わった瞬間ね、胸の奥から何とも言えない気持ちがこみ上げてきて。自分のアイデアが形になって、みんなで危機を乗り越えて、それが誰かの机に届く。ああ、これだから商売はやめられないって思ったのよ」
タダシさんは、静かにうなずいた。
「なるほど。そういう経験があったから、今の工房があるんですね」
ミクさんは、少し照れたように笑った。
「まあ、そんな大波もあったって話よ。タダシさんにも、いつか大波が来るかもしれないから、覚悟しておいてね」
工房には、木の香りと、二人の穏やかな空気が静かに広がっていた。





コメント