広島駅前徒歩8分。
サンタ第2工房の午後。
タダシさんは作業台で端材を整理しながら、ふとため息をついた。
(来週、家族が映画のチケットを手配してくれたんだよな
一泊旅行の予定もあるらしいけど
正直、別に行かなくてもいいんだけど)
そんなことを考えていると、ミクさんが横から声をかけてきた。
「タダシさん、なんか難しい顔してるわね。どうしたの?」
「いえ、その。家族が映画とか旅行とか手配してくれたんですけど、
別に行かなくてもいいかなって、思ってしまって」
ミクさんは、作業の手を止めてこちらを見た。
「それ、幸せのブレーキよ」
「えっ、ブレーキですか?」
「そう。幸せになりたくない人が無意識に踏むブレーキ。
タダシさん、踏んでるわよ」
タダシさんは思わず背筋を伸ばした。
ミクさん、幸せのブレーキを解説する
「タダシさん、楽しいことは我慢して、苦しいことを率先してやるって、
美徳だと思ってない?」
「思ってます。ずっと」
「それがね、幸せを遠ざけるブレーキなのよ。
別名、不幸になるアクセル」
「アクセル?」
「そう。幸せになりたいのに、同時に不幸になる方向にも踏んでるの。
引っ越し業者のソファーの話、知ってる?」
タダシさんは首を横に振った。
ミクさん、ソファーの例え話を語る
「二人の引っ越し業者がソファーを運んでたの。
大きくて、ドアも狭くて、曲がりくねった廊下でね。
ドアのところでソファーが挟まって動かなくなったのよ」
「はい」
「ひとりが言ったの。これは外に出すのは無理だ、諦めようって。
そしたらもうひとりが言ったの」
「え?俺はこのソファーを中に入れるもんだと思ってたよ、って」
タダシさんは思わず吹き出した。
「それ、完全に方向が逆ですね」
「そう。二人が逆方向に力を入れてたから動かなかったの。
人間も同じよ。
幸せになりたいアクセルを踏みながら、
幸せになりたくないブレーキも踏んでると動けないの」
タダシさんは、胸の奥がズキッとした。
(完全にやってるな)
タダシさんの幸せブレーキ
ミクさんは、指を折りながら言った。
「例えばね」
- 誕生日祝い→『いらないいらない』
- 好意を向けられる→『自分にはもったいないです』
- 食事の選択→『どっちでもいいよ』
- うまくいきそうなとき→あえて反対の行動
- 優しくされたとき→ぶっきらぼうに返す
「これ全部、幸せのブレーキよ」
タダシさんは、思い当たりすぎて頭を抱えた。
「私、全部やってます」
「知ってるわよ」
ミクさんは、さらっと言った。
なぜ幸せにブレーキを踏むのか?
「人はね、満たされることにも不安を感じるのよ」
「満たされることに不安?」
「そう。
思い通りになりそうなとき、
深い愛に満たされそうなとき、
大きな幸せが来そうなとき――
この幸せが壊れたらどうしようって恐れが出るの」
タダシさんは、胸の奥がじんわり熱くなった。
(確かに、幸せになるのが怖いときがある)
ミクさん、ある言葉をそっと置く
ミクさんは、作業台の端に手を置いて言った。
「タダシさん。
あなたの思い煩いは、全部、神様にゆだねていいのよ」
「はい?」
「神様はね、必要なものをちょうどよく与えてくれるの。
だから、自分にはもったいないなんて思わなくていいのよ」
私は、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
ミクさんの最後のひと言が刺さった
「タダシさん。
あなたの幸福は、周りの人にもわかりやすく表現しなきゃダメよ」
「わかりやすくですか?」
「そう。
映画が嬉しいなら嬉しいって言う。
旅行が楽しみなら楽しみですって言う。
幸せを受け取る練習をしなきゃ、幸せは入ってこないのよ」
タダシさんは、深くうなずいた。
「ミクさん、ありがとうございます。
私、幸せのブレーキを踏んでたんですね」
「そうよ。
でも気づいたなら、今日からアクセルだけ踏めばいいの」
ミクさんは、少しだけ笑った。
「タダシさんならできるわよ。
私がちゃんと導くからね」
工房には、木の香りと、
ミクさんの言葉で、少し前向きになったタダシさんの気配が
静かに漂っていた。





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