「お父さん、ちょっと聞きたいんだけど」
夜の10時過ぎ。リビングのテーブルでノートを広げ、「営業ノルマへの恐怖」「代理店とメーカーの力関係」「東大卒心臓外科医との神学バトル」「クリスチャン営業の極意」と、生々しくも壮大なメモを真剣な顔で書き連ねていた私に、妻が温かいほうじ茶を差し出しながら声をけてきた。
「さっきから月末の数字詰めを神の恵みで乗り切る!とか、心臓の精巧さは全知全能のデザイン!って、一人で何の営業戦略会議を開いているの?」
「ふふふ、妻よ。よくぞ聞いてくれた」
私はほうじ茶を一口すすり、数々の修羅場を潜り抜けてきたトップ営業マンかのような眼差しで語り始めた。
「かつて営業として奮闘していた頃の思索なのだよ!月末の厳しいノルマや業界の逆風の中でも、クリスチャンであることを堂々と明かし、誠実な営業とおもてなしを心がけることでトップセールスになれたのだ!東大卒の心臓外科医の先生と生命の神秘と神のデザインについて語り合った、あの熱い日々。まさに神様の導きがあったからこそ、私は営業として生き抜けたのだよ!」
私が熱っぽく「営業の苦労」と「誠実な営業スタイル」を語り尽くすと、妻はほうじ茶をすすりながら、じとーっとした目を向けた。
「へぇ。誠実な営業と迅速な対応でトップセールスになったねぇ」
「うむ!金銭や接待に頼らず、勉強と誠意で応えることこそが営業の鑑なのだよ!」
「じゃあ、お父さん。さっきから今月の小遣いをあと3千円だけアップしてほしい!って、ノートの端に妻(社長)へのプレゼン資料を必死に書いて、もじもじしながら私のご機嫌を伺っているのは誰かしら?」
「えっ?」
妻はニコニコしながら、私が手元に隠していた「お小遣い増額要望書」を指さした。
「お得意様のドクターには堂々と神様や営業の講釈を垂れておきながら、我が家のお小遣い査定担当の前では、そんなにビクビクしてどうするのよ?誠実なおもてなしを心がけるなら、まず私へのお肩もみから始めてみたらどうかしら?」
「ぐっ!な、なぜそれを!あれはプレゼンのタイミングを図りつつ、家庭内での信頼関係を再構築していたのであって!」
痛いところを突かれ、私は大汗をかいて言葉に詰まる。
「言い訳しないの!トップ営業マンの誇りがあるなら、増額をねだる前に、明日のゴミ出しとお風呂掃除でしっかり実績を提示しなさいな」
妻の容赦ないツッコミに、私は完全に降参した。
「御意。ただちに己が詰めの甘さを深く反省し、明朝は筆頭営業マンとして完璧な家事をこなし、お小遣い増額の勝ち取りに向けて、誠心誠意アピールしてまいります」
かつての営業時代の栄光と神の恵みに思いを馳せつつも、家庭内での交渉下手をあっさり見抜かれて苦笑いする私。
妻の愛あるツッコミに感謝しながら、私はノートを閉じ、我が家の平和とお財布の平穏を守るべく、静かにほうじ茶を飲み干すのだった。





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