広島駅前徒歩8分。
サンタ第2工房の午前。
今日はチェストの納品があり、ミクさんとタダシさんは車に乗って出発した。
助手席のタダシさんは、窓の外を眺めながら突然言った。
「ミクさん神様って、いると思いますか?」
ミクさんは、ハンドルを握ったまま少しだけ、眉を上げた。
「急にどうしたの?」
「いや、証拠ってあるのかなと思って。
神様がいるって、どうやって信じるんだろうって」
ミクさんは、車をゆっくり走らせながら言った。
「証拠ね、まず言っておくけど、決定的な証拠はないわよ」
タダシさんは、少し肩を落とした。
「やっぱり。ないんですね」
「歯切れ悪くて悪いけど、そうなのよ」
ミクさん、世の中の証言を整理する
「でもね、世の中には神様を見たって言う人もいるし、
神様と出会ったって言う人もいるわ」
「奇跡を体験したって人もいますよね」
「そう。奇跡は珍しいことじゃないって言う人もいるし、
奇跡は人が神様を信じるために起こされるって話もあるわ」
タダシさんは、興味深そうにうなずいた。
「じゃあ、奇跡が証拠になるんですか?」
ミクさんは、首を横に振った。
「ならないのよ。
奇跡が起きても信じる人もいれば、信じない人もいるから」
「堂々巡りですね」
「そう。だからいったん証拠はないと言っておくのが正しいの」
ミクさん、見えなくても信じることの意味を語る
車はゆっくりと住宅街を抜けていく。
ミクさんは、少しだけ声を柔らかくした。
「でもね、証拠がなくても信じることはできるのよ」
「どうやってですか?」
「見ないで信じる者は幸いであるって言葉、聞いたことある?」
タダシさんは首をかしげた。
「街頭で聞いたことあります。年末とかに」
「そう。あれはね、復活したイエスが弟子のトマスに言った言葉なの。
トマスは釘の穴に指を入れてみないと信じないって言ったのよ」
「それは慎重ですね」
「慎重すぎるのよ。
だからイエスは言ったの。見ないで信じる人は幸いであるって」
タダシさんは、静かに息をのんだ。
「見えなくても信じていいんですね」
「そう。
見えないものを信じるって、証拠を探すよりずっと大切なのよ」
ミクさん、さらに踏み込む
「それにね、年末によく聞く言葉がもうひとつあるわ」
「なんですか?」
「貧しい人は幸いであるって言葉。
その続きに、心の清い人は幸いである、彼らは神を見るであろうってあるの」
タダシさんは、少し驚いた。
「神を見る?」
「そう。
疑うより、信じてみるほうがずっと心が軽くなるのよ」
ミクさんは、車を止めて荷物を降ろしながら言った。
「タダシさん。
証拠がなくても信じていいの。
見えなくても、理解できなくても、信じることはできるのよ」
タダシさんは、ゆっくりとうなずいた。
「ミクさんなんだか、すごく心が軽くなりました」
ミクさんは、少しだけ笑った。
「ならよかったわ。
証拠を探すより、信じてみるほうがずっと楽だからね」
工房へ戻る道すがら、
タダシさんはミクさんの言葉を何度も思い返していた。
見えないものを信じること。
それは、証拠よりもずっと大切な心の姿勢なのだと。








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