雨が降り出しそうな、薄暗い夕方のことだった。
「サンタ第2工房」の店先をふと見ると、一人の女性が困り果てた顔で自転車と格闘していた。
どうやら、自転車のチェーンが外れてしまって動かなくなっているらしい。
「あ、あの…」
いつもお店の前をよく通っている気がするけれど、なぜかこれまで挨拶を交わしたことはない女性だった。
見かねたミクさんは、工房の奥に向かって声を張り上げた。
「タダシさん、ちょっと!」
呼ばれて慌てて飛び出してきたタダシさんは、状況を察知すると「任せてください!」と頼もしく袖をまくった。
路上での大奮闘
「うーん、なかなか手強いな」
タダシさんは道端にしゃがみこみ、外れたチェーンを直そうと格闘し始めた。ミクさんもそばで懐中電灯を照らしながら応援する。
「タダシさん、大丈夫ですか? フレームが歪んでたりして、チェーンが外れやすいんじゃないですかね?」
「うーん、パッと見はどこも折れたり曲がったりしてないんだけどなあ…」
暗くなりかけた路上で、二人がかりであーでもないこーでもないと言いながらの共同作業が続く。
そして数分後。ガチャリと音がして、無事にチェーンが元の位置へと収まった。
「直った!」
女性は「本当にありがとうございました!」と何度も頭を下げ、ホッとした顔で自転車を押して帰っていった。
真っ黒な手と、お化粧落としの秘密
「ふぅ、なんとかなってよかったですね」
一件落着とばかりに立ち上がったミクさんだったが、ふと自分の手を見て絶句した。
ミクさんは手が汚れないように気を配っていたはずなのに、修理を手伝っているうちに、手のひらは見事に真っ黒になってしまっている。
「わっ、私まで真っ黒!」
横を見ると、修理を頑張ったタダシさんの両手も、まるで炭鉱帰りのように真っ黒だった。二人で顔を見合わせて思わず苦笑いする。
その後、困っていた女性は相変わらず挨拶には寄ってこなかったけれど、ミクさんは「まあ、いっか。人助けできたんだしね」と笑った。タダシさんも「ですね、困ったお互い様だし、人助けできてよかったです」と大きくうなずいた。
それにしても、このドタバタな二人の共同作業は、ミクさんとタダシさんの距離をさらにぐっと縮めたのだった。
さて、問題はこの真っ黒な手だ。
ミクさんは工房に入ると、「ちょっと待ってて」と、いつも木工用ニスが手についたときに使っている『肌に優しいお化粧(アイシャドウ)落とし』を持ってきた。
「ほら、これつけて洗うと落ちやすいんですよ」
タダシさんの手にもそれをポンとつけてあげて、二人並んで仲良く水道で手を洗い始めた。
タダシさんは心の中で「うわー、これ結構いいやつじゃん…。もったいないなぁ」と思いつつも、ふんわりと漂う優しい香りに鼻をくすぐられる。
きれいに汚れが落ちた自分の手を見つめながら、タダシさんは顔をほころばせた。
「うわ、本当だ…。すごくきれいになったうえに、めっちゃいいにおいがする!」
雨雲が近づく少し肌寒い夕方、サンタ第2工房の水道の脇には、ほっこりと温かい空気が流れていた。





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