「お父さん、ちょっと聞きたいんだけど」
夜の10時過ぎ。リビングのテーブルでノートを広げ、「神様はいるではなく、いらっしゃる、あるなのだ」「社長がいるから私の仕事もある」「猫や人類の数だけ答えがあっていい」と、独特すぎる表現を真剣な顔で書き連ねていた私に、ミクが温かいほうじ茶を差し出しながら声をかけてきた。
「さっきから神様はある!会社があるからボクもいる!って、一人で何の組織論講義を開いているの?」
「ふふふ、妻よ。よくぞ聞いてくれた」
私はほうじ茶を一口すすり、存在論を解き明かした哲学者かのような眼差しで語り始めた。
「神様の存在の示し方について思索していたのだよ!単にいると言うのではなく、いらっしゃる、あるいは、あると表現するのがしっくりくるのだ!私が自分自身で見つけてきたから神が存在するのではなくて、まず大きな存在があってこそ、今の私がある。そう、例えるなら社長がいらっしゃるから、社員である私の仕事も成り立っているという関係性と同じなのだよ!」
私が熱っぽく「神様の存在表現」と「社長と社員のたとえ」を語り尽くすと、妻はほうじ茶をすすりながら、じとーっとした目を向けた。
「へぇ。社長がいらっしゃるから、仕事があるねぇ」
「うむ!自分が会社を仕切っていると過信せず、存在のありがたみを感じることが大切なのだよ!」
「じゃあ、お父さん。先週の休みに我が家の社長(妻)がいらっしゃるから家庭が回っている!って持ち上げておきながら、だから社員はお任せして昼寝します!って、家の掃除を全部私に丸投げしていたのは誰かしら?」
「えっ?」
妻はニコニコしながら、掃除機とモップを指さした。
「社長がいるから自分が存在する、なんて感心なことをノートに書く前に、社長の指示に従ってリビングの掃除を手伝うのが、社員としての正しい存在意義じゃないかしら?存在を感謝するフリをして、自分の役目を後回しにしようとしていなかった?」
「ぐっ!な、なぜそれを!あれは決してサボりではなく、社長の手腕を心から信頼し、静観という形で見守っていたのであって!」
痛いところを突かれ、私は大汗をかいて言葉に詰まる。
「そう考える人類がいてもいいか、で済ませないで、明日の朝は社長と一緒にしっかりゴミ出しから始めなさいな」
妻の容赦ないツッコミに、私は完全に降参した。
「御意。ただちに己の甘えを悔い改め、明朝は筆頭社員として誠心誠意、我が家の美化活動に勤しんでまいります」
神様の深遠な存在感に思いを馳せつつも、家庭内での都合の良い「社長と社員」の使い分けをあっさり見抜かれて苦笑いする私。
妻の愛あるツッコミに感謝しながら、私はノートを閉じ、我が家の平和と組織秩序を守るべく、静かにほうじ茶を飲み干すのだった。





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