「お父さん、ちょっと手伝ってよ! お客さん来るのに、私一人で掃除してお茶淹れてお菓子皿に出して大忙しなのよ!」
休日の午後、バタバタとリビングとキッチンを往復していた妻が、ソファで腕を組んで目を閉じている私に怒号を飛ばした。
「妻よ、落ち着きなさい。私は今、聖書に登場するマルタとマリアの姉妹について、深遠な黙想をしていたのだよ」
「は?」
冷ややかな視線を送ってくる妻に、私は静かに語りかけた。
「イエス様を家に迎えた時、姉のマルタは忙しく給仕に追われ、妹のマリアはイエス様の足元で話に聞き入っていた。マルタは私を手伝うよう妹に言ってください!とイエス様に不平を言ったが、イエス様はマリアを選び取った。そう、今の君はまさに忙しさで本質を見失っているマルタなのだよ!」
ドヤ顔で熱弁する私に、妻は手にしたハタキをギュッと握りしめた。
「へぇ。じゃあ、ソファで目をつぶって動かないお父さんは、さしずめイエス様の話に聞き入るマリア気取りってわけね?」
「ふふふ、分かってくれたか。奉仕も掃除も大切だが、一番大切なのは神の言葉に耳を傾け、内面的な充実を得ることなのだ。忙しさに追われてやってられない!とイライラしてしまっては、せっかくの奉仕も本末転倒になってしまうからね」
完璧なロジックで妻の攻勢をかわしたと確信した、その瞬間だった。
「なるほどねぇ。でもね、お父さん」
妻はすーっと私に近づくと、耳元で低く囁いた。
「イエス様はね、マリアの姿勢をほめたのよ。一方でお父さんは今、ただ単に自分の部屋の掃除から逃げたくて、狸寝入りして説教から逃亡を図っているだけじゃないかしら?」
「ぐっ!」
図星すぎて、思わず開けた目が泳ぐ。
「会社のため、家族のためと言いながら、途中で嫌だな、やってられないなってなるのは、イエス様との関係以前に、自分の都合で楽をしようとしてるからでしょ! ほら、さっさと立って玄関の掃除をしなさい!」
「御意」
聖書を読むことも、祈ることも、他人にやさしくすることも、すべては大切な存在との関係を深めるためのもの。だが、妻という目の前の大切な存在との関係を深める(そして平和を維持する)ためには、まず目の前のホウキを握りしめることが、今の私に与えられた最大の「奉仕」なのであった。
我が家の聖なる沈黙は一瞬で破られ、今日も元気に掃除機の音がリビングに響き渡るのだった。





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