「お父さん、ちょっと聞きたいんだけど」
夜の10時過ぎ。リビングのテーブルでノートを広げ、「神様は何でもできる」「水からワイン」「中学校の地理の先生のハワイ説」「願い事は後回しにされる」と、独特なメモを真剣な顔で書き連ねていた私に、ミクが温かいほうじ茶を差し出しながら声をかけてきた。
「さっきから、神様は数万年後に歩いてハワイに行かせてくれる!とか、やるかやらないかの違いだけだ!って、一人で何の奇跡の講義を開いているの?」
「ふふふ、妻よ。よくぞ聞いてくれた」
私はほうじ茶を一口すすり、神の全能性を確信した神学者かのような眼差しで語り始めた。
「神様にできないことなど一つもないという絶対の真理について思索していたのだよ!水をワインに変えたり、わずかなパンで5000人を満たしたりと、神様は全能なのだ!中学の時の地理の先生もハワイは毎年少しずつ移動しているから、数万年後には歩いていけると言っていた通り、不可能に見える願いも神様のスケールではすべて実現可能なのだよ!ただ必要がなければ、後回しにされているだけなのだ!」
私が熱っぽく「神様の全能性」と「数万年後のハワイ旅行」を語り尽くすと、妻はほうじ茶をすすりながら、じとーっとした目を向けた。
「へぇ。神様は何でもできて、願い事もやるかやらないかの違いだけねぇ」
「うむ!神様のお見通しの力と奇跡を疑ってはいかんのだよ!」
「じゃあ、お父さん。さっきから神様、どうか今夜中に我が家の庭から温泉が湧き出ますように!そうすれば明日の庭の草むしりをしなくて済むのに!って、露骨に神頼みしながら草むしりを後回しにしようとしているのは誰かしら?」
「えっ?」
妻はニコニコしながら、玄関に置いてある草刈り鎌と軍手を指さした。
「全能の神様に温泉を湧かせる奇跡をリクエストする前に、自分の手で庭の雑草を抜くという当たり前の作業をしたらどうなの?後回しにされているのは神様の都合じゃなくて、ただのお父さんの筋金入りの後回し癖でしょう?」
「ぐっ!な、なぜそれを!あれは決してサボりではなく、万能の神が起こす奇跡の可能性を試していたのであって!」
痛いところを突かれ、私は大汗をかいて言葉に詰まる。
「数万年後のハワイ旅行を夢見るのもいいけれど、明日の朝一番で庭の草むしりを完了させるのが、今のお父さんに与えられた現実のタスクよ」
妻の容赦ないツッコミに、私は完全に降参した。
「御意。ただちに温泉の湧出を期待する不遜な心を悔い改め、明朝は目覚ましをかけて粛々と草むしりに励んでまいります」
神様の全能性と奇跡のスケールに思いを馳せつつも、己の浅ましい作業回避の企みをあっさり見抜かれて苦笑いする私。
妻の愛あるツッコミに感謝しながら、私はノートを閉じ、我が家の平和とキレイな庭を守るべく、静かにほうじ茶を飲み干すのだった。





コメント