「お父さん、さっきから聖書とノートを交互に見つめて伏線回収とか、神様のおしゃれすぎる伏線回収!ってブツブツ呟いてるけど、大丈夫?」
休日の昼下がり。リビングでノートパソコンに向かい、マタイ福音書と旧約聖書の対比表を真剣に作成していた私に、妻が心配そうに温かいお茶を出してくれた。
「ふふふ、妻よ。大丈夫どころか、大発見に身震いしていたのだよ!聖書とは実に壮大なミステリー小説なのだ!紀元前700年のイザヤ書や、200年前のゼカリヤ書で撒かれた伏線が、新約聖書のイエス様の誕生で見事に回収されているのだよ!」
私が熱っぽく語り出すと、妻は呆れ半分で腰を下ろした。
「伏線って、お父さん、聖書をジャンプの漫画みたいに言わないでよ」
「いやいや、本当にすごいのだから!例えば処女懐胎だってね、旧約聖書で呪われた王エコニヤ(コニヤ)の子孫からはメシアが出ないと預言されていた。でも夫ヨセフ様はその血筋だったのだよ。だからこそ、ヨセフ様の血を引かない処女懐胎というウルトラCで、見事に預言を回避してメシアがお生まれになった!完璧な伏線回収だろう!?」
「へぇ。そこまで細かく繋がってるのねぇ」
「だろ!?それにナザレ人と呼ばれるという預言だって、旧約のどこを探してもナザレなんて単語は出てこない。でもエッサイの株から生える若枝(ネツァール→ナザレ)という言葉が語源になっていたのだ!神様はみんなこの仕掛けに気づいてくれるかな?気づかないだろうな、ってニコニコしながら人類の反応を待っておられたに違いない!」
胸を張って講釈を垂れる私に、妻はふーっとお茶の湯気を吹きかけながら、ニヤリと笑った。
「なるほどねぇ。数百年前の預言を寸分の狂いもなく回収する神様の伏線回収力は、確かに素晴らしいわね。で?」
「で、とは?」
「神様の伏線回収が素晴らしいのはよく分かったけど、お父さんが今朝後で絶対にやるから!って預言した庭の草むしりという伏線は、一体いつ回収されるのかしら?」
「ぐっ!」
核心を突く鋭い一撃に、私の息が止まる。
「もう午後2時よ?後でやるという預言から既に5時間が経過しているけれど、我が家の庭は一向に成就する気配がないわね」
「いやね!妻よ!銀貨30枚で裏切られたイエス様のように、私も今、自分の怠惰という身勝手さに身悶えしているところでだな」
「屁理屈をこねて無理に聖書を引用しない!伏線を回収しないまま放置するのは打ち切り漫画と一緒よ!さっさと庭に行って草をむしってきなさい!」
「御意」
数百年の時を超えて見事に成就する神様の偉大な計画に感動していたはずが、私自身が撒いた「やるやる詐欺」の伏線回収に追われるハメになるとは。
神様の深いお考えに改めて敬服しつつ、私は聖書をそっと閉じ、軍手をはめて庭へと一歩を踏み出すのだった。





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