「お父さん、ちょっと聞きたいんだけど」
夜の10時過ぎ。リビングのテーブルで「素朴なギモン10選」と書いたノートを広げ、「神様が見えない理由=テレビ画面隅のワイプ説」「十戒で守れてるのは(殺すな)だけ」「イエス様の弟イスキリ」と恐ろしいメモを書き連ねていた私に、妻が温かいほうじ茶を差し出しながら声をかけてきた。
「さっきから(職場の初詣を留守番で回避した)とか(私は十戒を守れない落伍者だ)って、一人で何の反省会をしているの?」
「ふふふ、妻よ。よくぞ聞いてくれた」
私はほうじ茶を一口すすり、教理解説者のような神妙な顔つきで語り始めた。
「キリスト教にまつわる、よくある質問に答えを導き出していたのだよ!どうして神様が見えないのか、神社に行っていいのか、バレンタインの由来から青森のキリストの墓まで!職場の同僚には、クリスチャンは真面目で罪を犯さないの?なんて歯が浮く質問もされたがね、十戒のうち殺人は犯していないが他は怪しい私のような人間でも、キリストの愛で救われると伝えるのが私の使命なのだよ!」
私が熱っぽく己の説教を並べ立てると、妻はほうじ茶をすすりながら、じとーっとした目を向けた。
「へぇ。十戒で守れてるのは、殺してはならないだけねぇ」
「うむ!人類とは実に不完全な存在なのだよ!」
「じゃあ、お父さん。十戒の第10条隣人の財産を欲してはならない、つまり、他人のものを欲しがらないっていう教えは、完全に破っているんじゃないかしら?」
「えっ?」
妻はニコニコしながら、私がさっきから大切そうに手元に置いている「高級マッサージクッション」を指さした。
「先週、私が自分のお小遣いで買ってきたあのクッション、ちょっと試させてって言ってから、今も自分のものみたいに独占しているじゃない」
「ぐっ!な、なぜそれを!これは夫婦の共有財産という名の聖なる分かち合いであって!」
痛いところを突かれ、私は冷や汗を流した。
「神様は心が狭くないから許してくれる、なんて甘えてないで、まずは隣人である妻のクッションを素直にお返ししなさいな。十戒の、盗んではならないと、欲してはならないをリビングで同時に破らないでちょうだい」
妻の容赦ないツッコミに、私は完全に降参した。
「御意。ただちに隣人の権利を尊重し、マッサージクッションをお返しいたします」
難解な信仰の疑問に思いを馳せつつも、身近な妻への小さな罪をあっさり指摘されて苦笑いする私。
妻の愛あるツッコミに感謝しながら、私はノートを閉じ、我が家の平和と戒律を守るべく、恭しくクッションを妻に手渡すのだった。





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