「お父さん、ちょっと聞きたいんだけど」
夜の10時過ぎ。リビングのテーブルでノートを広げ、「弟の土曜日麻雀大会」「義父・実父・信者さん・難病の信者さん」「ボケ防止と将来の楽しみ」「クリスチャン的レバレッジ(神様の御業)」「一人入院でも続く静かな温もり」と、麻雀のポン・チーと信仰の恵みが不思議な融合を果たしたメモを真剣な顔で書き連ねていた私に、妻が温かいほうじ茶を差し出しながら声をかけてきた。
「さっきから麻雀卓を囲む四人の中に神様の御業が宿るのだ!とか、レバレッジを効かせたボケ防止!って、一人で何の聖なる雀荘サミットを開いているの?」
「ふふふ、妻よ。よくぞ聞いてくれた」
私はほうじ茶を一口すすり、勝負師と伝道師の二つの顔を合わせ持ったかのような神妙な眼差しで語り始めた。
「実家で見た弟の素晴らしい取り組みと思索について語っていたのだよ!弟は義理の父、うちの父、教会の信者さん、そして難病を抱える方を集めて土曜麻雀大会を開催していたのだ。親世代にはボケ防止、弟には将来の趣味の先取り、そして何より病床にあっても仲間と繋がれる憩いの場、ビジネス風に言えばレバレッジを効かせた取り組み、クリスチャン風に言えばまさに、神様の御業なのだよ!」
私が熱っぽく「麻雀卓の上の愛と奉仕」について語り尽くすと、妻はほうじ茶をすすりながら、じとーっとした目を向けた。
「へぇ。世代や病気を超えて卓を囲み、神様の御業と恵みを分かち合うねぇ」
「うむ!今日はメンバーのお一人が入院で欠席だったそうだが、それでも温かい絆が静かに続いていたのだ。これぞ、助け合いの真髄なのだよ!」
「じゃあ、お父さん。さっきから麻雀は頭の運動!夫婦の会話にもレバレッジを効かせる神様の御業!ってドヤ顔しながら、私の差し出したほうじ茶を飲んでリーチ!って叫んで、自分の皿のせんべいをドラに見立てて卓(テーブル)に叩きつけていたのは誰かしら?」
「えっ?」
妻はニコニコしながら、テーブルの上で綺麗に一列に並べられたほうじ茶の湯呑みと煎餅の袋を指さした。
「神様の御業や温かい絆をノートに熱弁する前に、リビングのテーブルで一人・雀パイの代わりに煎餅を並べて麻雀ごっこをするのはやめてくれないかしら?弟さんの素晴らしい奉仕をダシにして、自分が麻雀やりたくなっただけじゃないの」
「ぐっ!な、なぜそれを!あれは弟の卓上の平和に触発され、我が家にも平和の風を吹かせようというイメージトレーニングであって!」
痛いところを突かれ、私は大汗をかいて言葉に詰まる。
「言い訳しないの!奉仕の精神を語るなら、一人でリーチ!とか叫んでないで、さっさとテーブルの上を片付けて私と普通にお茶を飲みながら会話をしなさいな」
妻の容赦ないツッコミに、私は完全に降参した。
「御意。ただちに己の不届きな遊び心を深く反省し、煎餅を元に戻して、妻という尊きパートナーと静かで温かなお茶の時間を満喫してまいります」
麻雀卓を通じて広がる愛と神様の恵みに思いを馳せつつも、単に麻雀ごっこがしたかっただけの欲望をあっさり見抜かれて苦笑いする私。
妻の愛あるツッコミに感謝しながら、私はノートを閉じ、我が家の平和と夫婦の穏やかな土曜日を守るべく、静かにほうじ茶を飲み干すのだった。





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