営業⑫|ミクさんと出会う

営業のタダシ12 営業
営業のタダシ12

広島駅北口から徒歩8分。
商店街の端に、木の香りがふわっと漂う店がある。

サンタ第2工房。

その日は、冬の入り口のような冷たい風が吹いていた。

タダシさんは、
医療機器営業マンとして最後の仕事を終え
自転車でゆっくりと工房へ向かっていた。

(今日も、なんとかやり切ったな。
相談もされたし、説明もできたし、
少しは、営業マンらしくなってきたのかな)

胸の奥に、小さな自信が芽生えていた。

しかし、事件は突然起きる

工房まであと数分というところで、
信号が赤になった。

タダシさんは自転車を止め、
ぼんやり空を見上げた。

その瞬間

ガシャッ。

「えっ?」

自転車の荷台にくくりつけていた傘が、
スポークに引っかかって曲がってしまった。

スポークも一本外れかけて、
カラカラカラカラと不吉な音を立てている。

「うわぁ」

タダシさんは、心の底からがっかりした。

(なんで、今日に限って
なんでこんなタイミングで
ああ、もう)

営業マンとしての自信が芽生えたばかりなのに、
一瞬でしぼんでしまった。

サンタ第2工房の玄関で

曲がった傘を抱え、
スポークのカラカラ音を響かせながら、
タダシさんはサンタ第2工房の玄関を開けた。

「こんにちは」

声も少し沈んでいた。

すると

「こんにちは」

奥から聞こえたのは、
落ち着いていて、
静かで、
どこかあたたかい声だった。

ミクさんが、木片を磨きながらこちらを見た。

その瞬間
タダシさんの胸の奥に、ふわっと光が差した。

(なんだろう。
このひとの声、すごく安心するな)

営業マンとしての自信がしぼんだ直後だったからこそ、
その声は、心に深く染み込んだ。

ミクさんは、タダシさんの傘を見て言った

「傘、どうしたんですか?」

「えっと。スポークに引っかかって」

「え?それは、大変でしたね。
でも、無事でよかったです」

その言葉は、
営業マンとしての自信とはまったく違う種類の安心感だった。

(なんだろう?この人の言葉は、心が落ち着く)

タダシさんは、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。

この日、タダシさんはまだ知らない

この安心感が、
後に自分の人生を大きく変えることを。

そして、
ミクさんとの出会いが、
「決定権は私」という価値観へつながっていく
最初の一歩だったことを。

営業マンとしての自信と、
ミクさんからもらった安心感。

その二つが、
タダシさんの人生のハンドルを
ゆっくりと自分の手に戻していく。

このあと、タダシさんは福祉作業所へ就職する。 ふたりの物語は、ここから始まるのだった。

第1話 サンタ第2工房の扉が開いた日
広島駅北口から徒歩8分。商店街の端に、ひっそりと木の香りを漂わせる店がある。名前は サンタ第2工房。看板は少しゆがんでいるが、そのゆがみさえも「手作りの温度」を感じさせた。タダシは、その店の前で深呼吸した。胸の奥がざわつくのは、緊張ではなく…

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