「お父さん、ちょっと聞きたいんだけど」
夜の10時過ぎ。リビングのテーブルでノートを広げ、「質素ともったいないの違い」「母の過剰な値引き品購入」「バイキングでカレー3杯の悲劇」と細かなメモを走らせていた私に、妻が温かいほうじ茶を差し出しながら声をかけてきた。
「さっきから、もったいないの落とし穴!とか、残った昨日のコーヒーを近所に配る恐怖!って、一人で何の生活指導を開いているの?」
「ふふふ、妻よ。よくぞ聞いてくれた」
私はほうじ茶を一口すすり、どこかの文明評論家のような真剣な顔つきで語り始めた。
「我が家のDNAに刻まれた質素倹約と思想の落とし穴について思索していたのだよ!もったいないが行き過ぎると、安売りだからと不要なものを買い込んだり、社員旅行のバイキングで元を取ろうとカレーを大皿3杯食べてお腹を壊すという愚を侵すのだ!質素とは身を低く保つ美徳だが、もったいないの執着に呑まれると人は自分を見失ってしまうのだよ!」
私が熱っぽく、もったいないの精神の危険性を説くと、妻はほうじ茶をすすりながら、じとーっとした目を向けた。
「へぇ。もったいないに呑まれて自分を見失う、ねぇ」
「うむ!我が母の、安いから買ってきた柿や、昨日の余ったコーヒーの押し付けを批判する前に、私も己の卑しさを猛省せねばならん!」
「じゃあ、お父さん。さっき冷蔵庫を開けたときに、賞味期限が3日切れた納豆を見つけて、まだいける!もったいない!って一気にパックを抱え込んで夕飯前にコソコソ食べてた人は誰かしら?」
「ぐっ!な、なぜそれを!」
痛いところを突かれ、私は大汗をかいて言葉に詰まる。
「お義母さんのお刺身食べて!を笑えないじゃない。お腹を壊して体を壊したら、それこそ病院代がかかって質素どころか一番の無駄遣いになるんじゃないの?」
「うぐぐっ!あれは納豆菌の持つ生命力への試練であって!」
「上手いこと言って誤魔化さないの!高尚な論説をノートに書く前に、まずは自分のお腹に入るものは何でも回収しようとする胃袋の落とし穴を警戒しなさいな」
妻の容赦ないツッコミに、私は完全に降参した。
「御意。ただちに腹八分目を我が家の鉄則とし、期限切れの食品に手を出すのは金輪際やめにいたします」
もったいないの深遠な落とし穴を語りつつも、自分の浅ましい胃袋の執着をあっさり見抜かれて苦笑いする私。
妻の愛あるツッコミに感謝しながら、私はノートを閉じ、我が家の平和とお腹の健康を守るべく、静かに温かいお茶を飲み干すのだった。





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