
「うぐぐ、苦しい」
夕食後、リビングのソファで腹を抱えて悶絶する私を見て、妻が冷ややかな視線を送ってきた。
「ちょっと、お父さん、またやったの?」
「いや。先日友人と食事した時もそうだったんだが、テーブルに料理が少し残るともったいないという謎の呪縛に取り憑かれてな。お腹いっぱいなのに全部平らげてしまうのだよ」
「完全に学習能力ゼロね。お腹を壊す方がよっぽど体を痛めてもったいないでしょうが」
ぐうの音も出ない正論だ。思えば我が母もそうだった。「せっかくだから」「もったいないから」と食べきれない料理を作り、スーパーで半額シールを見れば頼まれてもいないのにカゴへ放り込む。どうやらこの「もったいないの呪縛」は我が家の遺伝子に深く刻まれているらしい。
「でもね、妻よ。私は気づいたのだ」
苦しいお腹を押さえながら、私は人差し指をスッと立てた。
「このもったいないという言葉の裏には、今買わないと損をする、捨てたら悪いという損得勘定や焦りが隠れている。神様は本来、私たちにちょうどいい恵みを必要な時に与えてくださるはずなのだ。それなのに、もったいない精神が邪魔をして、その恵みが見えなくなっているのではないかと!」
熱っぽく語る私に、妻は呆れ顔で腕を組んだ。
「へぇ、素晴らしい気づきじゃない。で、そのちょうどいい恵みを信じているお父さんの最近の行動を振り返ってみましょうか」
妻が指折り数え始めた。
「仕事中に聞くために、らじるらじるの落語音源を一生分ダウンロードする」
「読む時間もないのに、図書館で本を限界まで借りてきて、1ページも開かずそのまま返却する」
「いただいたQUOカードがあるからと、普段買わない高級菓子パンとジュースをコンビニで爆買いする」
「うっ」
「極めつけは、古民家再生をやっているご兄弟からよ。待っていれば電子レンジもエアコンもタダで手に入ると聞いて古民家を手に入れたら家電のお恵みにあずかれるかも!って3分間本気で妄想したことね」
言葉が出ない。完全に隠れ「もったいない」の亡者である。
「今しかないという焦りや損得勘定から解放されて、本当に必要なものを見極める。それがミニマリストを目指す私の真の姿なのだよ」
小さく呟く私に、妻はクスッと笑って冷たいお茶を差し出した。
「執着を手放すのは良いことだけどね。とりあえずもったいないからって残飯処理班になってお腹を壊したり、習い事や人間関係までせっかくだからってズルズル続ける人生の究極のもったいないだけはやめてちょうだいね」
「御意」
神様が与えてくださる「ちょうどいい恵み」を信じ、不要なものを手放す勇気を持つ。それが心穏やかに生きるコツだ――と、ドヤ顔で日記に書く前に、まずはスーパーの半額シールに向かって伸びる自分の手をそっと引く練習から始めようと思う。





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