「お父さん、ちょっと、聞きたいんだけど」
夜の10時過ぎ。リビングのテーブルで古びたプログラミングのテキストとノートを広げ、「N88-BASIC」「疑似乱数の限界」「プリンストン大学と意識の力」とマニアックなメモを真剣な顔で書き連ねていた私に、妻が温かいほうじ茶を差し出しながら声をかけてきた。
「さっきからRND関数じゃ本当の偶然は作れない!とか人間の意識が機械を揺さぶるのだ!って、一人で何のデバッグ作業をしているの?」
「ふふふ、妻よ。よくぞ聞いてくれた」
私はほうじ茶を一口すすり、昔のIT少年の目つきで胸を張った。
「コンピュータが作る乱数の限界について思索していたのだよ!中学生のころシューティングゲームを作っていたが、計算式でつくる乱数は結局パターンが見抜かれてしまうのだ。自然界のノイズを使ったり、プリンストン大学のように人間の意識を集めたりしないと真の乱数は生まれない!人間には偶然に見える出来事も、実は神様が完璧に計算されたプログラムなのかもしれないのだよ!」
私が熱っぽく技術と神の領域について語り尽くすと、妻はほうじ茶をすすりながら、じとーっとした目を向けた。
「へぇ。コンピュータの計算はパターンが見抜かれるし、人間には完全な予測不能は作れないねぇ」
「うむ!人類の技術では真のランダムなど不可能なのだよ!」
「じゃあ、お父さん。昨日、俺の晩酌のおつまみ選びは、その日の直感という名の完全なランダム(乱数)だ!って威張っていたのは何だったのかしら?」
「えっ?」
妻はニコニコしながら、冷蔵庫の横に貼られたカレンダーを指さした。
「月曜日は柿の種、火曜日はチーカマ、水曜日は枝豆、木曜日はまた柿の種って、お父さんの直感とやらは、1か月分の行動パターンが見事なまでに完全に解読(デコード)できるんだけど?」
「ぐっ!な、なぜそれを!それは私の潜在意識が持つ周期的なノイズであって!」
痛いところを突かれ、私は大汗をかいて言葉に詰まる。
「神様の作った疑似乱数を語る前に、自分の完全に見透かされている晩酌パターンのレパートリーを増やしたらどうなの?自分の行動くらい、たまには妻の予測を裏切るような本物の奇想天外さを見せてちょうだい」
妻の容赦ないツッコミに、私は完全に降参した。
「御意。ただちに今夜の晩酌のお供は、妻の予想を遙かに超えるヘルシーな冷や奴へと変えてまいります」
難解なプログラムと神の深遠さに思いを馳せつつも、己の単純すぎる行動パターンをあっさり見抜かれて苦笑いする私。
妻の愛あるツッコミに感謝しながら、私はノートを閉じ、我が家の平和と晩酌のバリエーションを取り戻すべく、静かに台所の冷蔵庫へと前進するのだった。





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