「狭い門から入りなさい。ラクダが針の穴を通る方が、金持ちが神の国に入るより優しいって、妻よ。これ、どう考えても人類全員天国に行けない詰みゲーじゃないか?」
日曜日のミサから帰ってきた私は、リビングのソファで聖書を開いたまま頭を抱えていた。
「またお父さんの大袈裟な独り言が始まったわね」
妻が淹れたてのコーヒーをテーブルに置きながら、呆れたようにクスリと笑う。
「いやね、今日の説教で聞いたんだよ。エルサレムの城壁には針の穴と呼ばれる狭い通用門があって、荷物を全部降ろしてひざまずいたラクダしか通れなかったらしい。つまり、自分の誇りや高慢さを捨てて、謙虚に自分の弱さを受け入れた人だけが救われるという、実に頭の良いイエス様のお教えなのだよ!」
私が胸を張ると、妻はコーヒーを一口飲んで言った。
「へぇ、素敵な話じゃない。で、なんでそんなに落ち込んでるの?」
「いや、気になって後で詳しく調べたらさ。その城壁の小さな門説、どうやら後世のこじつけらしくてね。イエス様は本当の本当に、あのお裁縫の針の穴のことを言ってたらしいんだよ!」
「えっ、あのちっちゃい針の穴に、あのデカいラクダを通せって言ってたの?」
「そうなんだよ!イエス様、超絶誇張表現を使っていたんだ!アリンコすら怪しい穴にラクダなんて通るわけないじゃないか。弟子たちだって、じゃあ、誰も救われないじゃん!イエス様ご乱心か!?ってパニックになったはずだよ。クリスチャン絶望のお知らせだよ」
頭を抱える私を見て、妻はクスッと吹き出した。
「お父さん、早合点して絶望する前に、そのあとのページもちゃんと読んだの?」
「え?」
「人間にはできないことも、神様にはできるって、イエス様はそう続けて言ってるんじゃないの?自分の力や自慢の富に頼ろうとするからムリ!ってなるわけで、神様に助けてくださいってすがる人は救われる、って話でしょ」
ぐっ、完全に見透かされていた。
「そ、そうなのだよ。自分の力でなんとかしようと意張るから苦しくなる。自分は不完全で弱い人間だと認めて、負の感情を手放す。それが狭い門の本当の意味だったのだよ」
「はいはい。自分の不完全さを認めるのは素晴らしいことだけど」
妻がテーブルの片隅を指さした。
「さっきから自分は不完全だからって顔で、私が楽しみに残しておいた高級チョコ、自分の口にポイポイ放り込むのやめてもらえるかしら?」
「あ」
気づけば、私の手には空になったチョコの包み紙。我が身の浅ましさと弱さに、一瞬で顔が青ざめる。
「神様、人間の力ではこの食欲と強欲を抑えられませんどうか私をお救いください」
「神様に祈る前に、私に平謝りしなさいよ!」
己の力ではどうにもならない弱さを噛み締めながら、私は深く首を垂れた。天国への道は相変わらず狭そうだが、妻の怒りの門をくぐるのも、なかなか一筋縄ではいかない我が家の日常である。





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