「お父さん、ちょっと聞きたいんだけど」
夜の10時過ぎ。リビングのテーブルでスマートフォンを握りしめ、「イエス・キリスト=苗字ではない」「みどりご=嬰児=人間の弱さ」「仕事中のルツ記で感動の涙」「なぜ子ロバなのか?」と激しいメモを書き連ねていた私に、妻が温かいほうじ茶を差し出しながら声をかけてきた。
「さっきからイエスは名前でキリストは役職名だ!とか仕事中に車内で大泣きした!って、一人で何の聖書研究会を開いているの?」
「ふふふ、妻よ。よくぞ聞いてくれた」
私はほうじ茶を一口すすり、どこかの神学者かのような真剣な眼差しで語り始めた。
「旧約聖書に秘められた救い主の預言について思索していたのだよ!誕生の地ベツレヘムから、あえて馬ではなく子ロバに乗ってエルサレムに入るという前代未聞のサインまで、すべてはイエス様がキリストである証拠なのだ!昨日も運転中にスマホで、ルツ記の音声朗読を聴いてね、ベツレヘムの地名が出た瞬間に聖霊の揺さぶりで涙が止まらなくなったのだよ!」
私が熱っぽく預言の奇跡と己の落涙体験を語り尽くすと、妻はほうじ茶をすすりながら、じとーっとした目を向けた。
「へぇ。仕事中に車内で大泣きねぇ」
「うむ!まさに胸に迫る神の深遠な計画を感じた瞬間だったのだ!」
「じゃあ、お父さん。昨日感動のあまり路肩に車を止めて大泣きしたせいで、会社への戻りが1時間遅れて上司から途中で何、油売ってたんだ!って大目玉喰らったのは誰かしら?」
「ぐっ!な、なぜそれを!」
痛いところを突かれ、私は大汗をかいて言葉に詰まる。
「子ロバに乗ったイエス様の柔和さを語る前に、仕事中の自分のタイムスケジュール管理をしっかりしたらどうなの?聖霊に揺さぶられるのは結構だけど、会社での立場まで揺さぶられてどうするのよ」
「うぐぐっ!あれは私の信仰心が職場という試練の場で試されていたのだよ!」
「上手いこと言って誤魔化さないの!深遠な預言に感動する前に、まずは勤務時間中に涙で視界を遮られないよう、しっかり前を向いて運転して帰りなさいな」
妻の容赦ないツッコミに、私は完全に降参した。
「御意。ただちに車の運転中は音声朗読を控え、安全運転と定時帰宅をもって誠実さを証明してまいります」
救い主の預言の凄さに心を打たれつつも、己の仕事中の失態をあっさり突かれて苦笑いする私。
妻の愛あるツッコミに感謝しながら、私はノートを閉じ、我が家の平和と明日の安全運転を守るべく、静かにほうじ茶を飲み干すのだった。





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