「お父さん、ちょっと聞きたいんだけど」
夜の10時過ぎ。リビングのテーブルで「感謝の日記」と書かれたノートを広げ、「幸せのブレーキ」「不幸のアクセル」「ソファーの引っ越し」と謎のメモを真剣な顔で書き連ねていた私に、妻が温かいほうじ茶を差し出しながら声をかけてきた。
「さっきから自分にはもったいないとか、苦しいことをするのが美徳って、一人で悲劇のヒロインみたいな顔をしてどうしたの?」
「ふふふ、妻よ。よくぞ聞いてくれた」
私はほうじ茶を一口すすり、深遠な溜め息とともに語り始めた。
「家族が手配してくれた一泊旅行や映画の予定に、つい自分は別にいかなくてもいいのに、と思ってしまう、己の心の闇に気づいてね!幸せになりたいはずなのに、いざ、満たされそうになると不安になって自分からぶち壊す。これぞ不幸になるアクセルを踏みつつ幸せのブレーキを同時にかける、引っ越し業者がソファーを挟ませるような愚行なのだよ!聖書にもある通り、これからは素直に感謝して幸せを受け入れるトレーニングをするのだ!」
私が熱っぽく己の反省を語り尽くすと、妻はほうじ茶をすすりながら、じとーっとした目を向けた。
「へぇ。これからは好きなことを好きと言って、素直に感謝するトレーニングを始めるわけね」
「うむ!自分の幸福は周りにもわかりやすく表現するのが大切なのだよ!」
「じゃあ、お父さん。さっき今週末、みんなで温泉一泊旅行に行こうか!って私が提案したとき、お父さんが言った第一声、覚えてる?」
「えっ?」
妻はニコニコしながら、私のノートを指さした。
「え~、俺は留守番でいいよ。みんなで楽しんできなよって、思いっきりぶっきらぼうにブレーキ踏んでたじゃない」
「ぐっ!な、なぜそれを!それは自分に対する遠慮というか、長年の悲壮感の癖が!」
痛いところを突かれ、私は冷や汗を流した。
「自分にはもったいない、なんて気取ってないで、素直にわーい!温泉うれしい!一緒に行きたい!って喜んだらどうなの?感謝のトレーニングは、まず目の前で旅行を企画してくれた妻への笑顔から始めなさいな」
妻の容赦ないツッコミに、私は完全に降参した。
「御意。ただちにブレーキを解除し、アクセル全開で叫ばせていただきます。妻よ、温泉旅行の手配、本当にありがとう!喜んで一緒に行かせていただきます!」
「よろしい!大変よくできました」
不幸のアクセルを踏みそうになる自分のあまのじゃくぶりに苦笑いしつつも、素直に「嬉しい」と言える喜びを噛み締める私。
妻の愛あるツッコミに感謝しながら、私はノートを閉じ、我が家の平和と満開の幸せを受け入れるべく、ニッコリ笑顔でほうじ茶を飲み干すのだった。





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