「お父さん、ちょっと聞きたいんだけど」
夜の10時過ぎ。リビングのテーブルでテレビのメモとノートを広げ、「量子もつれ」「ベルの不等式」「ルルドの奇跡」「宇宙の果てで100%シンクロ」と脈絡のない激しい単語を並べ立てていた私に、妻が温かいほうじ茶を差し出しながら声をかけてきた。
「さっきからアインシュタインすら分からなかった!とか、ベルの不等式が破れた!って、プロジェクトXのナレーションみたいな声で呟いているけど、今度はどんな妻ロな世界へ旅立っているの?」
「ふふふ、妻よ。よくぞ聞いてくれた」
私はほうじ茶を一口すすり、科学者気取りで腕を組んだ。
「実家でNHKの番組を見てね、量子力学の量子もつれについて思索していたのだよ!量子もつれって、どれだけ離れていてもテレパシーのように100%シンクロする奇妙な現象さ!天才アインシュタインでさえ、そんなのあるはずないと否定したのに、半世紀かけて科学者たちが証明したのだ!仕組みは理解できなくても現象を受け入れて応用するように、神様の存在を信じることだって、量子もつれを理解するより100倍簡単なはずなのだ!」
私が熱っぽく投げやりな持論を展開すると、妻はほうじ茶をすすりながら、じとーっとした目を向けた。
「へぇ。宇宙の果てと果てで100%シンクロするテレパシーねぇ」
「うむ!まさに奇跡のような現象なのだよ!」
「じゃあ、お父さん。目と鼻の先にいるこの私と、お父さんの意識は100%シンクロできているのかしら?」
「えっ?」
妻はニコニコしながら、私がさっきから放置している空のほうじ茶の湯呑みと、洗面所に置きっぱなしのバスタオルを指さした。
「お茶のおかわりが欲しいなら自分で淹れる、お風呂に入ったらタオルは籠に入れるって、私が毎日心の中でテレパシーを送り続けているのに、お父さんは1%もシンクロしてくれないじゃない」
「ぐっ!な、なぜそれを!それは人間の意識の局所実在論的な問題で!」
痛いところを突かれ、私は大汗をかいて言葉に詰まる。
「難解な量子力学やベルの不等式を引き合いに出して神様を信じる前に、まずは我が家の夫婦間における日常のシンクロ率を上げて頂戴。宇宙の果ての量子より、目の前の妻のサインを読み取る方が100倍大事よ」
妻の容赦ないツッコミに、私は完全に降参した。
「御意。ベルの不等式を破る前に、我が家の夫婦善哉のルールを守り、ただちにバスタオルを回収してまいります」
難解な科学の神秘に感動しつつも、目の前の妻との「シンクロ不足」をあっさり見抜かれて苦笑いする私。
妻の愛あるツッコミに感謝しながら、私はノートを閉じ、我が家の平和と意思疎通を深めるべく、静かに洗面所へと前進するのだった。






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