「お父さん、ちょっと聞きたいんだけど」
夜の10時過ぎ。リビングのテーブルで聖書とノートを広げ、「イエス様のIQは200以上」「復讐よりももっといい方法」と熱弁を振るいながらメモを取っていた私に、ミクが温かいほうじ茶を差し出しながら声をかけてきた。
「さっきから目には目を、のハンムラビ法典から始まって、イエス様のIQ推定まで。今度は一体どんな壮大な聖書解釈を展開してるの?」
「ふふふ、妻よ。よくぞ聞いてくれた」
私はほうじ茶を一口すすり、深遠な眼差しで語り始めた。
「旧約聖書の復讐を超えて、新約聖書でイエス様が示された敵を愛し、迫害する者のために祈るという最高の解決法について思索していたのだよ!自分を害する者に復讐せず、神様に任せる。そして何より、文句一つ言わずに十字架を受け入れ、自らお手本を示された!まさに超人的な頭脳と愛をお持ちだったとしか思えないじゃないか!」
「へぇ。敵を愛して、自分を迫害する人のために祈るねぇ」
妻はほうじ茶をすすりながら、じとーっとした目を私に向けた。
「で?その敵を愛するお手本に倣おうとしているお父さんは、さっきから何をブツブツ言っていたのかしら?」
「えっ?」
「隣の席の人が私の大事なボンドを勝手に使って戻さなかったとか、昨日の夕飯のハンバーグ、弟のほうが大きかった気がするとか、ものすごくちっちゃいことを根に持って、愚痴ってたじゃない」
「ぐっ!それは人間の弱さゆえの苦悩なのだよ!」
痛いところを突かれ、私は言葉に詰まる。
「ハンムラビ法典どころかボンドにはボンドをレベルで、小っちゃい復讐心を燃やしている人が、イエス様のIQ200の愛の教えを語るなんて100年早いわよ。神様に復讐はわたしがするって委ねる前に、自分のちっぽけな意地っぱりを委ねたらどうかしら?」
妻の容赦ないツッコミに、私は完全に降参した。
「それにね、神父様からもその解釈はちょっと違うと思うよって突っ込まれてるんでしょ?」
「うぐっ!たしかに神父様には、お手本というだけじゃないよと言われたが!」
「ほらね。難しい議論をする前に、まずは目の前の迫害(という名の私の小言)に対して、怒らずに愛をもって微笑み返す練習から始めなさいな」
妻はクスッと笑うと、空になったほうじ茶の湯呑みを私の前に置いた。
「さあ、イエス様に倣って敵(私じゃないわよね?)を愛する第一歩として、キッチンでお湯を沸かして私におかわりを淹れてくれるかしら?」
「御意」
超人的な愛と赦しの教えに感動しつつも、自分の未熟さに苦笑いする私。
妻の愛あるしつけに感謝しつつ、私は湯呑みを手に取り、真の平和と愛を実践すべく、静かに台所へと前進するのだった。





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