「お父さん、ちょっと聞きたいんだけど」
夜の10時過ぎ。リビングのテーブルで献血の結果通知とスーパーの値引きシールを前に、深刻な顔でノートに筆を走らせていた私に、ミクが温かいほうじ茶を差し出しながら声をかけてきた。
「カトリックの歴史についての記事を書いていたはずなのに、なんで途中からイカリングと献血とお兄さんの自転車の話になってるの?」
「ふふふ、妻よ。よくぞ聞いてくれた」
私はほうじ茶を一口すすり、神妙な持ち面で腕を組んだ。
「教会の黒歴史を批判する前に、まずは自分自身の半生を省みようと思ったのだよ。人は誰しも、己の内に潜む謝れない心や素直になれない傲慢さと戦っているのだからね」
「へぇ。で、その壮大な反省の第一歩が、夕飯に残ったイカリングなの?」
「そうなのだ!私は揚げ物を控えている身でありながら、もったいないからという大義名分を掲げて食べた。しかし!これは母への反抗、そして単に己の食欲をもったいないという綺麗な言葉で覆い隠した愚かな言い訳に過ぎなかったのだよ!」
私が熱っぽく語ると、妻は呆れ顔でクスッと笑った。
「ただの食い意地じゃない。で、スーパーで黄色い値引きシールを見つけると、頼まれてもいない食パンやおやつまで買い込んじゃうのは何なの?」
「それこそが私の弱さなのだ!お得感やタダで手に入るという誘惑に勝てず、つい買いに走る。その結果、今朝届いた献血の血液検査結果で、総コレステロール値と血圧が去年より上がっていることが判明したのだよ!」
「献血を健康診断代わりに使った挙句、自爆してるじゃないの」
妻の容赦ないツッコミに、私は小さく咳払いをした。
「い、いやね!本当に反省すべきはそこではないのだよ!譲り受けた高級自転車を自分で使わずに兄にあげて(いいことをした)と自己満足に浸ったり、車を運転中に助手席の君に文句をつけたり。結局のところ、私という人間はありがとうと、ごめんなさいが素直に言えない、傲慢な存在なのだ!」
「あら、自分のマウント気質にやっと気づいたの?」
「ぐっ!認めざるを得ない。仕事のストレスを言い訳に親しい人に当たり、頑張っていれば報われると神様気取りでいたのだ。小さな失敗を(ま、いっか)と、隠そうとする誘惑これこそが私の黒歴史の根本原因なのだよ!」
私がガックリと肩を落とすと、妻はふうっとお茶の湯気を吹きかけ、優しく微笑んだ。
「まあ、自分の不完全さを認めてごめんなさいって言えるようになっただけ、進歩じゃない。で、その素直になる第一歩として、お父さんは今ここで私に何か言うべきことがあるんじゃないかしら?」
「えっ?」
妻が指さしたのは、キッチンに残された大量の洗い物と、私が昨日「後でやるから放置して」と言ったままのゴミ袋だった。
「ほら、もったいないを理由にイカリングを食べ、自分の失敗を隠そうとしていたお父さん。感謝と謝罪の練習のチャンスよ」
言葉を失った私は、そっと立ち上がり、妻に向かって深々と頭を下げた。
「昨日からゴミを放置してごめんなさい。そして、いつも家事をしてくれてありがとうございます。ただちに洗い物を片付けてまいります」
「よろしい。感謝と反省は言葉より行動ね!」
自分の弱さと向き合う道はまだまだ遠く長いが、妻の笑顔とピカピカになったシンクを見つめながら、私は小さな一歩を踏み出した実感を噛みしめるのだった。





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