「お父さん、ちょっと聞きたいんだけど」
夜の10時過ぎ。リビングのテーブルで木工用ボンドや彫刻刀、そして様々な木目の小さな十字架を前にして「これはブビンガこれはクヌギ」と怪しく呟いていた私に、ミクが温かいほうじ茶を差し出しながら声をかけてきた。
「ロザリオの祈りの解説をしてるのかと思ったら、なんでテーブルの上に大量の木くずと在庫処分の山が広がっているの?」
「ふふふ、妻よ。よくぞ聞いてくれた」
私はほうじ茶を一口すすり、自信満々に胸を張った。
「ロザリオといえば祈りの道具だが、バッグに付けたりネックレスにしたりするファッションからキリスト教を知るのも素晴らしい道なのだ!何しろ私など、ロザリオのおかげでこの3年間無事故無違反だからね!」
「あら、3年前の大学病院の門前で、パトカーの目の前で一時停止違反してゴールド免許を失ったお父さんが何か言ってるわ」
「ぐっ!それは過去の未熟な私だ!あの敗北で私は神様の前に謙虚になることを学んだのだよ!と、話はそこではないのだ」
私は慌てて咳払いをし、テーブルの上の木製十字架を指さした。
「実は私の勤める福祉作業所でね、シスターからの依頼でロザリオ用の十字架を作ったのだ!アフリカの神が宿る木ブビンガをはじめ、桜、ヒノキ、ウォールナット職人技が光る逸品ばかりだ!だが、しかし」
「だが、しかし?」
「試作を重ねすぎた結果、作業所に立派な不良在庫の山が完成してしまったのだよ!」
ガックリと肩を落とす私に、妻は呆れ顔でクスッと笑った。
「要するに、ロザリオの素晴らしさを語るフリをして、作業所の在庫を処分しようとしてるわけね?」
「処分と言わないでくれたまえ!これは日本の1%しかいない貴重なクリスチャンを探し出し、推し活やプレゼントとして贈るという壮大な愛の循環プロジェクトなのだ!自分で紐を編んで自作するのも流行っているのだよ!」
「へぇ。じゃあ、器用なお父さんも自分で紐ロザリオを編んでみたら?」
「いや、私は不器用だから等間隔に結び目を作る自信がだな」
「自分で作る勇気もないのに推し活にプレゼントしようなんて、よく言えたものねぇ」
痛烈なツッコミに言葉を失っていると、妻はニコニコしながら私の手から彫刻刀を取り上げ、掃除用コロコロを握らせてきた。
「ブビンガもクヌギも結構だけど、作業所で試作に夢中になる前に、まずはリビングに散らばったその木くずを綺麗に掃除して頂戴。自分の散らかしたゴミの山すら処分できない人に、作業所の在庫処分は語れないわよ」
「御意」
神様の深遠な愛と木材の美しさに感動しつつも、目の前の掃除という現実に引き戻される私。
妻の愛ある言いつけに苦笑いしながら、私はコロコロを手に取り、我が家の平和と「無事故無違反の日常」を守るべく、静かにリビングの床へと向き合うのだった。





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