光のページェントから戻った翌日。
工房の空気はいつもと同じはずなのに、
タダシの胸の奥だけは、昨日とはまったく違う温度を抱えていた。
ミクは、作業台の前で木片を並べていた。
その背中は細くて、静かで、
どこか守りたくなるような弱さをまとっていた。
タダシは思った。
(ミクさん
あなたは、守ってあげたいほど大切な人だ)
守るという言葉は、支配ではなく保護だった
タダシの胸に浮かんだ守ってあげたいという言葉は、
決して束縛や独占の意味ではなかった。
むしろ逆で
ミクが傷つかないように、 安心できる場所をつくってあげたい。
そんな、
あまりにも静かで、
あまりにもやさしい願いだった。
昨日の定禅寺通りで見たミクの横顔。
光のトンネルで振り向いたときの目。
沈黙の中で肩を寄せた瞬間。
全部が、
守りたいという気持ちを呼び起こした。
ミクは誰にも見せない弱さをタダシにだけ見せた
ミクは、木片を手に取りながら言った。
「タダシさん
昨日の帰り道、
なんだか安心して眠れました」
その声は、
冬の光よりも柔らかかった。
タダシは胸が熱くなった。
(ミクさん
あなたは私の隣で安心してくれるんだ)
ミクは続けた。
「私、誰かの隣で眠るなんて
ほとんどないんです。
でも昨日は、こわくなかった」
その言葉は、
タダシの胸に深く沈んだ。
タダシは気づいた。ミクさんは守られることを知らない
ミクは、
人のために動く人だった。
誰かを助けるときは迷わないのに、
自分が助けられることには慣れていない。
だからこそ、
タダシの胸に生まれた願いは強くなった。
(ミクさん
あなたを守ってあげたい。
守られることを知ってほしい)
その願いは、
恋よりも静かで、
愛よりも深いものだった。
ミクは、タダシの胸の揺れに気づいていた
しばらく作業をしていると、
ミクはふとタダシのほうを見た。
「タダシさん
なんだか、今日のタダシさん
いつもより静かですね」
タダシは少しだけ目を伏せた。
「昨日のことを思い出してました」
ミクは、
ほんの少しだけ表情を柔らかくした。
「私もです」
その一言が、
タダシの胸をさらに揺らした。
タダシはまだ言えない。けれど、願いは確かにある
タダシは心の中でそっとつぶやいた。
(ミクさん
あなたを守ってあげたいほど、
大切なんです)
でも言えない。
言ってはいけない。
群馬には家族がいる。
ここにはミクさんがいる。
その二つの世界のあいだで、
タダシは静かに揺れ続けていた。
ミクは、
その揺れを知らないまま、
静かに微笑んだ。
「タダシさん
またお散歩、行きたいですね」
タダシは、
その願いに応えたい気持ちと、
応えてはいけない気持ちのあいだで揺れながら言った。
「はい。
また行きましょう」
その言葉は、
タダシ自身の胸をさらに熱くした。


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