第9話 肥溜めに落ちた少年

迷ってもいい 第9話 サンタ第2工房
迷ってもいい 第9話
はじめに(サンタ第2工房)

この物語は、私が大好きな木のおもちゃ屋さんをモチーフにして作成しました。主人公のミクさんは、妹の孫の名前からつけています。お気に入りに追加していただけたらうれしいです。

登場人物紹介

職人見習のタダシです。

サンタ第2工房のミクです。

サンタ第2工房の午後は、木の香りと静かな光がゆっくり混ざり合う時間だった。ミクは作業台の前で木片を磨いていた。その背中は、昨日より少しだけ柔らかかった。

「こんにちは、タダシさん」

その声は、昨日よりもあたたかかった。しばらく作業をしていると、ミクがふっと言った。

「タダシさんって、時々、すごく人間らしいところがありますよね」

タダシは思わず手を止めた。

「人間らしいですか?」

ミクは木片を光にかざしながら言った。

「はい。完璧じゃないところが、私は好きです」

その言葉は、かわいいよりもずっと深い温度を持っていた。タダシは胸の奥がむずがゆくなった。

(ミクさん、そんなふうに言われたら、なんか、話したくなるじゃないか)

そして、口が勝手に動いた。

タダシが語った3歳の脱走劇

「ミクさん。私、昔肥溜めに落ちたことがあるんです」

ミクの手が止まった。

「肥溜め?」

タダシは、少し照れながら話し始めた。

「3歳か4歳のころで、保育園のお昼寝の時間に、こっそり抜け出したんです」

ミクは目を丸くした。

「抜け出したんですか?」

「はい。職員室の前を匍匐前進で通り抜けて、裏門から外へ出て、畑を抜けて、山際の民家まで探検しようとして」

ミクは思わず笑った。

「3歳で匍匐前進?」

タダシは続けた。

「畑の草を棒でかき分けて進んでたら、ちょっとした段差があって、そこに左足を突っ込んだら
底なし沼みたいに沈んでいって」

ミクは息をのんだ。

「え?」

「慌てて抜こうとしたら、右足まで沈んで、そのとき気づいたんです。あ、これ肥溜めだって」

ミクは口元を押さえた。

「それは!」

「泣き出したところで、倉田先生が裏門から走ってきて、引っ張り出してくれて、服ごと水道で洗われて
最後はスッポンポンにされて、やっと臭いから解放されました」

ミクは、しばらく黙っていた。そして、ゆっくりと笑った。ミクの反応は、かわいいではなかった

「タダシさん。それ、かわいいとかじゃなくて」

タダシは身構えた。

(やっぱり笑われるよな)

ミクは続けた。

「生きててよかったですね」

タダシは固まった。ミクは、木片をそっと置きながら言った。

「3歳で匍匐前進までして、裏門を抜けて、畑を探検して。肥溜めに落ちて、それでも泣きながら助けを求めたんですよね」

タダシはうなずいた。ミクは静かに言った。

「それって、弱さじゃなくて、生きる力ですよ」

タダシは息をのんだ。ミクは続けた。

「恥ずかしい話って、その人がどう生きてきたかが見えるんです。私はそういう話、好きですよ」

その声は、工房の木の香りよりもあたたかかった。

タダシの胸に落ちたもの

タダシは思った。

(ミクさんは、私の恥を笑うんじゃない。私の生きてきた証として受け止めてくれてる。)

それは、誰にもされたことがない優しさだった。

その日工房を出るとき、
タダシの胸の奥は、
広島の光よりも深く、静かに温かかった。

ミクの言葉が、
タダシの恥を生きる力に変えた日だった。

おしまいに(サンタ第2工房)

タダシです。読んでいただいて、ありがとうございます!

ミクです。今日も一日お疲れ様でした。

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