サンタ第2工房の午後は、
木の香りと静かな光がゆっくり混ざり合う時間だった。
タダシは、昨日の積み木が入らない事件を思い出しながら、
今日も工房へ向かっていた。
扉を開けると、
ミクは作業台の前で、ひとり木片を磨いていた。
その背中は、昨日より少しだけ硬く見えた。
「こんにちは、タダシさん」
その声は静かだったが、
どこか遠くの方を見ているような響きがあった。
ミクの「いいですよ、いいですよ」は本当にいいのか?
タダシは、昨日の失敗が頭をよぎり、
少しだけ肩をすぼめた。
「昨日はすみませんでした」
ミクは、木片を磨く手を止めずに言った。
「いいですよ、いいですよ。なんとかするから」
その言葉は、昨日と同じはずなのに、
なぜか胸に刺さった。
タダシは思った。
(ミクさんは、怒っていないはず。
でも、いいよいいよの声が、ちょっと冷たい気がする)
いいですよ、いいですよは、優しさではなく境界線だった
ミクは、積み木をひとつ手に取り、
指先で角をなぞった。
「タダシさん、
昨日の積み木ね
ほんとは、ちょっと困ったんですよ」
タダシは息をのんだ。
ミクは続けた。
「怒りたいわけじゃないんです。
でもね、仕事だから。
ちゃんと仕上げないといけないの」
その声は、
怒っているわけではないのに、
確かに境界線を引いていた。
タダシは思った。
ミクさんは、怒鳴らない。
でも、静かに線を引く。
それは、
優しさと責任のあいだにある、
芸術家としての矜持だった。
タダシの胸に生まれた痛みと理解
タダシは、胸の奥が少し痛くなった。
しかし、その痛みは嫌なものではなかった。
(ミクさんは、私を拒絶しているわけじゃない。
ただ、仕事の線を引いているだけだ)
タダシは、ゆっくりと息を吸った。
「ミクさん
もっとちゃんと作れるように、がんばります」
ミクは、ふっと笑った。
「うん。
タダシさんなら、できると思う」
その笑顔は、
昨日より少しだけ柔らかかった。
ミクの本音がこぼれた瞬間
ミクは、作業台に積み木を並べながら言った。
「私ね
人に強く言えないんです。
怒鳴ったり、責めたりできない」
タダシは静かに聞いた。
「だから、いいよいいよって言うんです。
本当は、困ってても」
その言葉は、
タダシの胸に深く刺さった。
ミクは続けた。
「でもね、タダシさんには
少しだけ本音を言える気がする」
タダシは、胸が熱くなった。
(ミクさんは、私を信じてくれているんだ)
その瞬間、
タダシの中で何かが静かにほどけた。
境界線は、拒絶ではなく信頼の形
ミクは、積み木を箱に入れながら言った。
「境界線ってね
相手を遠ざけるためじゃなくて、
自分を守るためにあるんですよ」
タダシは深くうなずいた。
ミクさんのいいですよ、いいですよは、
優しさではなく、
怒りでもなく、
ただ、自分を守るための静かな線だった。
そしてその線は、
タダシを拒絶しているわけではなく、
むしろ信頼しているからこそ見せてくれたものだった。
その日、タダシは工房を出るとき、
胸の奥が少しだけ痛く、
そして少しだけあたたかかった。
ミクの境界線に触れた日だった。


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