サンタ第2工房の午後は、木の香りと静かな光がゆっくり混ざり合う時間だった。昨日、タダシが語った「肥溜め事件」は、ミクの静かな笑いとともに、工房の空気を少しだけ柔らかくしていた。今日も扉を開けると、ミクさんは作業台の前で木片を磨いていた。
「こんにちは、タダシさん」
その声は、昨日よりも少しだけ明るかった。タダシが作業台の横に立つと、ミクは木片を置き、
少しだけ照れたように言った。
「昨日のお話。続きが、もしあるなら聞きたいです」
その言い方は、からかいではなく、その人の生きてきた道を知りたいという静かな強さだった。
タダシは、ゆっくり口を開いた。小学3年生、冬休み前の日曜日の午後のことだ。
「ミクさん、私、小学3年生のころ、土手を50m燃やしたことがあるんです」
ミクの手が止まった。
「50m、ですか?」
タダシは、少し照れながら話し始めた。
「冬休み前の日曜日で、友達の田中くんと、自転車で面白いことを探していたんです。田舎で、川と土手しかなくて、毎日同じ遊びばかりで、何か新しいことがしたくて」
ミクは静かにうなずいた。
「その気持ちは、分かります」
タダシは続けた。
「家の引き出しにロウソクがあったのを思い出して、それで、八百屋さんから発泡スチロールをもらってきて。土手の草むらに秘密基地を作ろうとしたんです。」
ミクは、少しだけ目を丸くした。
「秘密基地?」
「はい。枯れ枝で囲いを作って、発泡スチロールの壁を立てて、ロウソクを空き缶の裏に垂らして、
もっと大きなロウソクを作ろうとしていました」
ミクは息をのんだ。
「その火が?」
「はい。土手の枯れ草に燃え移ってしまって、乾燥しているし、水もないしで、小さな火が、どんどん広がっていって」
ミクは、胸の前で手をぎゅっと握りしめた。
「怖かったでしょう」
「はい。二人とも慌てて消そうとしたんですが、どうにもならなくて。結局、逃げました」
ミクさんは、静かに目を伏せた。
50mの黒い跡と、消防車の赤い影
「怖くなって、小学校まで自転車で走って、グラウンドで1時間くらい遊んで。そのあと、川の対岸から土手を見たら、すっかり50mくらい焼けていて。そのときは、消防車が帰るところでした」
ミクさんは、しばらく黙っていた。そして、ゆっくりと口を開いた。ミクさんの反応は、いつもの「かわいい」ではなかった。
「タダシさん、それはかわいい話ではありませんね」
タダシは身構えた。
(怒られるかな)
しかしミクは、静かに、強く言った。
「生きてきた証です」
タダシは息をのんだ。ミクは続けた。
「子どもは、時々とんでもないことをします。でもそれは、世界を知ろうとする力の裏返しです。危険も、失敗も、恥も。全部、成長の一部です」
タダシは、胸の奥が熱くなった。ミクは、木片をそっと置きながら言った。
「タダシさんの話を聞くと、そのときの気持ちが伝わってきます。ただ悪いことをしたんじゃなくて、
何かを探していたんですよね」
タダシはうなずいた。
「はい。何か面白いことを探していました」
ミクは、静かに微笑んだ。
「その気持ち、私は好きです。危険でも、恥でも、生きようとしていた証だからです」
その言葉は、工房の木の香りよりも深く、タダシの胸に沈んだ。
タダシの胸に落ちたもの
タダシは思った。
(ミクさんは、俺の恥を笑わない。俺の生きてきた道として受け止めてくれる。)
それは、誰にもされたことがない優しさだった。その日工房を出るとき、タダシの胸の奥は、
仙台の光よりも深く、静かに温かかった。
ミクの言葉が、タダシの恥を生きる力に変えた日だった。


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