第11話 タダシの恥③カナダで英語が上達しない男

迷ってもいい
サンタ第2工房関係者の抱負…
木工作家さん
小物作家
次は、かわいい
ブランコを作って
みますね。
木工職人さん
木工職人
問題は、四角い積み木を
どうやって
かわいくするか、だ。

サンタ第2工房の午後は、木の香りと静かな光がゆっくり混ざり合う時間だった。昨日、タダシが語った「土手50m炎上事件」は、ミクさんの静かな理解とともに、工房の空気を少しだけ深くした。

今日も扉を開けると、ミクさんは作業台の前で木片を磨いていた。

「こんにちは、タダシさん」

その声は、昨日よりも少しだけ柔らかかった。タダシが作業台の横に立つと、ミクさんは木片を置き、
静かに言った。

「タダシさん。もし、昨日の続きがあるなら、聞かせていただけますか」

その目は、かわいいを求める目ではなく、その人の生きてきた道を知りたいという強いまなざしだった。タダシは、ゆっくり口を開いた。

帰国子女だらけの大学で、英語がまったくできない男

「ミクさん。私、大学時代、英語がまったくできなかったんです」

ミクさんは少し驚いたように目を開いた。

「そうなんですか?」

「はい。帰国子女が多い大学だったんですが、私は、英語の文法がまったく分からなくて。SVOCとか、前置詞とか。どうしても頭に入らなかったんです」

ミクさんは静かにうなずいた。

「文法って、急に難しくなりますよね」

タダシは続けた。

「それで、英語は覚えるしかないんじゃないかと思って。受験のときは、古文も漢文も全部暗記して
英語も暗記しようとしたんです」

ミクさんは、少しだけ笑った。

「暗記で乗り切ろうとしたんですね」

「はい。英語の歌詞なら覚えやすいと思って、受験勉強は、英語の歌を歌って乗り切りました」

ミクさんは、口元を押さえた。

「それは、少し楽しそうですね」

英語の宿題で気づいた絶望的な現実

「大学に入ってからも英語の授業があって、本を一冊読んで、感想を英語で書く宿題が出たんです」

ミクさんは息をのんだ。

「それは大変ですね」

「はい。そのとき思ったんです。英語って、日常で使わないと覚えられないんじゃないかって。アメリカの子どもたちは、毎日英語を使っている。それって、すごく恵まれているなって」

ミクさんは静かに言った。

「環境って、大きいですよね」

海外生活への憧れと、貧しさと、偶然の扉

「留学したかったんですが、家は貧しくて、そんな余裕はなくて。でも、近所の人が海外でボランティアする方法があるよと教えてくれて。カナダの障がい者グループホームを紹介してくれたんです」

ミクさんは目を丸くした。

「ボランティアで、海外へ?」

「はい。留学だったら試験で落ちていたと思いますが、ボランティアは一発採用でした。それで、1年間休学してカナダで働くことになりました」

ミクさんは、胸の前で手をぎゅっと握りしめた。

「すごい行動力ですね」

しかし、英語はまったく上達しなかった

「でも。私は日本人的なワークホリックになってしまって。仕事ばかりして、コミュニケーションを取ることを忘れてしまったんです」

ミクさんは静かに目を伏せた。

「真面目すぎたんですね」

「はい。ドイツから来た同僚や、フランス語圏から来た同僚は、どんどん英語が上達していくのに
私はまったく話せなくて」

ミクさんは息をのんだ。

「つらかったでしょう」

「ミーティングの内容も分からなくて。あとからドイツ語が母国語の同僚に、今日の話、何だった?と聞いていました」

ミクさんは、しばらく黙っていた。そして、ゆっくりと口を開いた。

ミクさんの反応は「かわいい」ではなかった

「タダシさん。それはかわいい話ではありませんね」

タダシは身構えた。

(怒られるかな)

しかしミクさんは、静かに、強く言った。

「それは、努力の話です」

タダシは息をのんだ。ミクさんは続けた。

「環境が違う中で、言葉も文化も違う中で、それでも1年間働き続けたんですよね。それは、恥ではなくて、生きる力です」

タダシは胸の奥が熱くなった。ミクは、木片をそっと置きながら言った。

「英語が上達しなかったことより、その環境で逃げずに働いたことのほうが、ずっと価値があります」

タダシは、ゆっくりうなずいた。

「ありがとうございます」

ミクは静かに微笑んだ。

「タダシさんの話は、そのときの気持ちが伝わってきます。私はそういう話が好きです」

その言葉は、工房の木の香りよりも深く、タダシの胸に沈んだ。

タダシの胸に落ちたもの

タダシは思った。

(ミクさんは、私の恥を笑わない。俺の生きてきた道として受け止めてくれる。)

それは、誰にもされたことがない優しさだった。

その日工房を出るとき、タダシの胸の奥は、仙台の光よりも深く、静かに温かかった。ミクさんの言葉が、タダシの恥を努力の証に変えた日だった。

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