サンタ第2工房の朝。
タダシが扉を開けると、
ミクさんはいつものように木片を並べていたのだが、
その表情はどこか決意を含んでいた。
「タダシさん、今日は
例のアパートの片づけをします。
よかったら、手伝っていただけますか」
タダシは胸が少しだけざわついた。
(いよいよ引き払う日なんだ)
アパートの一室は宝の山だった

アパートの扉を開けると、
そこは以前と同じく、いや以前以上に
木の宝の山。
チェスト、机、棚、戸棚。
積み木の箱が天井近くまで積まれ、
引き出しの中には木のパーツがぎっしり。
タダシは思わず言った。
「ミクさん
これ、本当に全部片づけるんですか?」
ミクさんは、少し笑った。
「はい。
今日で、この部屋ともお別れです」
その声は、
強くて、静かで、
どこか少しだけさみしかった。
タダシに託されたチェストと、もうひとつのもの

ミクさんは、部屋の奥にあるチェストを指さした。
「タダシさん。
このチェストは、タダシさんに差し上げます。
ずっと置いてあったものなんですけど
タダシさんの家にあったほうが、きっといいと思って」
タダシは胸が熱くなった。
「ありがとうございます
大切に使います」
ミクさんは、少しだけ照れたように言った。
「ほかにも欲しいものがあれば、どうぞ。
この棚もこの机も
タダシさんなら、どれを持っていっても大丈夫です」
タダシは笑った。
「そんなに言われると、
なんだか遺品整理みたいじゃないですか」
ミクさんは、くすっと笑った。
「まだ生きていますよ、私」
その笑い方が、
いつもより少しだけ柔らかかった。
片づけの途中で見つかった古い箱

片づけを進めていると、
ミクさんが古い木箱を見つけた。
「あ、これ」
ミクさんは箱を開けた。
中には、古い積み木の試作品がいくつも入っていた。
「これは
私が木工を始めたころの試作品です。
形も色も、今とは全然違いますけど
なんだか捨てられなくて」
タダシは言った。
「ミクさん
これ、すごくいいですよ。
歴史があるというか
ミクさんのはじまりが見える気がします」
ミクさんは、少しだけ目を伏せた。
「タダシさん
これも差し上げます」
タダシは驚いた。
「えっ、これまで?」
「はい。
私のはじまりを、
タダシさんに持っていてほしいんです」
その言葉は、
工房の木の香りよりも深く、
タダシの胸に沈んだ。
アパートの鍵を返す瞬間

夕方。
アパートの片づけが終わり、
ミクさんは大家さんに鍵を返した。
「ありがとうございました」
その声は、
どこか少しだけ震えていた。
タダシは横で見ながら思った。
(ミクさんは
またひとつ、人生の部屋を閉じたんだ)
アパートの扉が静かに閉まる。
その音は、
タダシの胸の奥に深く響いた。
帰り道、ミクさんが言ったこと

工房へ戻る途中。
ミクさんはふと立ち止まった。
「タダシさん
さみしいですか?」
タダシは少しだけ目を伏せた。
「はい。
あの部屋は、ミクさんの歴史でしたから」
ミクさんは、ゆっくり微笑んだ。
「タダシさん。
歴史は、場所じゃなくて
人の中に残るんですよ」
タダシは息をのんだ。
ミクさんは続けた。
「だから
タダシさんが覚えていてくださるなら、
私はそれで十分です」
その言葉は、
夕暮れの光よりもあたたかかった。
タダシの胸に灯ったもの

工房に戻ると、
ミクさんはいつものように木片を並べた。
でもタダシには分かった。
ミクさんは、また新しい人生を選ぼうとしている。
その選択を、俺はそばで支えるしかない。
タダシの胸の奥には、
さみしさと、
そして静かな決意が灯っていた。


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