サンタ第2工房の午後は、
木の香りと静かな光がゆっくり混ざり合う時間だった。
しかしこの日は、いつもの穏やかさとは少し違う空気が流れていた。
タダシは、胸の奥に小さなざらつきを抱えながら工房へ向かっていた。
自分でも理由がよく分からない。
疲れなのか、焦りなのか、
あるいはミクさんにもっと認められたいという気持ちなのか。
扉を開けると、
ミクは作業台の前で、ひとり木片を磨いていた。
「こんにちは、タダシさん」
その声はいつも通り静かだったが、
タダシの胸のざらつきは消えなかった。
小さなきっかけが、タダシの心を揺らした
ミクは、タダシが作った木片を手に取り、
光にかざしながら言った。
「この子、まだちょっと角が強いですね。
もう少し丸くしたほうが、子どもが持ちやすいです」
その言葉は、いつもなら素直に受け入れられた。
しかしこの日は、胸のざらつきが反応してしまった。
タダシは、思わず強い声を出してしまった。
「そんなに言われても
私、がんばって作ったんですよ!」
ミクの手が止まった。
工房の空気が、
木の粉よりも細かく震えた。
ミクの静かな境界線
ミクは、木片をそっと置き、
ゆっくりとタダシの方を向いた。
「タダシさん
怒ってるんですか?」
その声は、責めるでもなく、
怯えるでもなく、
ただ静かに境界線を引く声だった。
タダシは、胸のざらつきが一気に恥へと変わった。
「すみません。
なんか、うまくいかなくて」
ミクは、少しだけ目を伏せた。
「タダシさん。
私は、タダシさんががんばってるの、ちゃんと分かってますよ」
その言葉は、
タダシの胸の奥に静かに落ちた。
しかしミクは続けた。
「でもね
怒られると、私は距離を置きたくなるんです」
その声は、
ミクが自分を守るために引いた静かな境界線だった。
ミクの本音がこぼれた瞬間
ミクは、少しだけ震える声で言った。
「人が怒ると
どうしていいか分からなくなるんです。
私、怒鳴られた経験が多くて
怖くなっちゃうんです」
タダシは、胸がぎゅっとなった。
(ミクさんは、怒りに弱いんだ)
ミクは続けた。
「だからね
タダシさんが怒ると、
私、心が閉じちゃうんです」
その言葉は、
タダシの胸の奥に深く沈んだ。
タダシの謝罪がミクの境界線に触れた
タダシは、ゆっくりと言った。
「ミクさん
ごめんなさい。
怒ったわけじゃなくて
自分にイライラしてただけなんです」
ミクは、少しだけ目を上げた。
「自分に?」
タダシはうなずいた。
「ミクさんに認められたくて
でもうまくできなくて
それで、勝手に焦ってました」
ミクは、ゆっくりと微笑んだ。
「タダシさん
そういうところ、かわいいですよ」
タダシは、胸が熱くなった。
境界線は拒絶ではなく守るための線
ミクは、木片を手に取りながら言った。
「私ね
人と近づくの、嬉しいんです。
でも、怖いんです」
タダシは静かに聞いた。
「だから、境界線を引くんです。
自分を守るために。
でも
タダシさんには、少しだけ線をゆるめてるんですよ」
その言葉は、
タダシの胸の奥に深く沈んだ。
(ミクさんは、私を信じてくれているんだ)
二人の距離がまた少し縮まった午後
ミクは、木片を光にかざしながら言った。
「タダシさん
怒ってもいいんです。
でも、私にぶつけないでくださいね」
タダシは、深くうなずいた。
「はい。
気をつけます。
ミクさんを怖がらせたくないです」
ミクは、ふっと笑った。
「ありがとう。
そう言ってくれる人、あまりいないんです」
その笑顔は、
昨日よりも少しだけ柔らかく、
そして少しだけあたたかかった。
その日、工房を出るとき、
タダシの胸の奥は、
自分の癇癪を反省する痛みと、
ミクさんの境界線に触れた温かさが混ざったような温度だった。


コメント